Vol.91
株式会社アイヴァン
EYEVAN Inc.
1972年、「着る眼鏡」というコピーを掲げ登場した『EYEVAN』。ヴァンヂャケットの石津謙介氏とタッグを組み、眼鏡をファッションとして捉えることをいち早く提唱。眼鏡業界では異例だったシーズンごとの展示会など、斬新な取り組みを次々と実施。その後、世界で人気を集めるロサンゼルスの眼鏡メーカー「オリバーピープルズ社」と出会い、同社の眼鏡製造・販売契約を締結。加えて様々なブランドのOEM生産へと事業を切り替え自社ブランドは休止となるが、眼鏡を着替えるという文化は若者中心に確実に広まっていた。
OEM生産を通じて眼鏡を世に送り出すなかで、『自社ブランドを再出発させたい』という気運が社内で高まっていったという。しかし、突如再開するのはリスクが高い。まずはブランドを発信していくための眼鏡販売店舗をつくろうと考えた。テーマは『世界一のセレクトショップ』。そして、2007年、東京ミッドタウンへの出店が決まる。それまで眼鏡は雑貨扱いだったが、『靴や鞄などのアイテムと同じポジショニングまで引き上げたい』という想いから、1階の出店にこだわり、セレクトショップ『EYEVAN LUXE』のオープンを果たした。これまでになかったコンセプトで人気を博し、多方面からの引き合いが続いた。そして、20店舗を超え、発信の拠点が十分に確保された折に、満を持して自社ブランドの製造販売を決断。2013年、美しいディテールとファッション性の高いデザインを特長とした『EYEVAN 7285』を立ち上げる。2018年には創業当時と同じコンセプト「着る眼鏡」を掲げた『EYEVAN』も再始動。ブランドの成長を加速させる製販一貫体制が整い、今日に至る。
1972年、「着る眼鏡」というコピーを掲げ登場した『EYEVAN』。ヴァンヂャケットの石津謙介氏とタッグを組み、眼鏡をファッションとして捉えることをいち早く提唱。眼鏡業界では異例だったシーズンごとの展示会など、斬新な取り組みを次々と実施。その後、世界で人気を集めるロサンゼルスの眼鏡メーカー「オリバーピープルズ社」と出会い、同社の眼鏡製造・販売契約を締結。加えて様々なブランドのOEM生産へと事業を切り替え自社ブランドは休止となるが、眼鏡を着替えるという文化は若者中心に確実に広まっていた。
OEM生産を通じて眼鏡を世に送り出すなかで、『自社ブランドを再出発させたい』という気運が社内で高まっていったという。しかし、突如再開するのはリスクが高い。まずはブランドを発信していくための眼鏡販売店舗をつくろうと考えた。テーマは『世界一のセレクトショップ』。
そして、2007年、東京ミッドタウンへの出店が決まる。それまで眼鏡は雑貨扱いだったが、『靴や鞄などのアイテムと同じポジショニングまで引き上げたい』という想いから、1階の出店にこだわり、セレクトショップ『EYEVAN LUXE』のオープンを果たした。これまでになかったコンセプトで人気を博し、多方面からの引き合いが続いた。
そして、20店舗を超え、発信の拠点が十分に確保された折に、満を持して自社ブランドの製造販売を決断。2013年、美しいディテールとファッション性の高いデザインを特長とした『EYEVAN 7285』を立ち上げる。2018年には創業当時と同じコンセプト「着る眼鏡」を掲げた『EYEVAN』も再始動。ブランドの成長を加速させる製販一貫体制が整い、今日に至る。
同社の眼鏡はすべてメイド・イン・鯖江。職人がひとつひとつ、熟達された技術でつくりあげている。その分コストもかかれば値段も高価になるが、そこには歴史やつくり手の情趣が潜んでいる。その想いを伝えるために店舗があり、そこで働くスタッフがいる。
ぜひ店舗に立ち寄ってみていただきたい。そして、眼鏡を手にとる際には、ぜひ数々のストーリーを尋ねてみてほしい。
※続きはANA LOUNGE内に設置された冊子「INNOVATIVE VOICE」にてご覧ください。(設置空港:新千歳空港、羽田空港、伊丹空港、福岡空港)
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