体験型宿泊施設に生まれ変わった廃校で
学ぶ農漁業の旅/兵庫県南あわじ市
ひょうご観光本部が2泊3日のツアーとして実施した「Journey+体験型宿泊施設に生まれ変わった廃校で学ぶ農漁業の旅」は、海と山に囲まれた自然豊かな島でのワーケーションや多拠点生活に興味を持つファミリーと農業の6次産業化・スマート化に関心がある若者層に向けて組まれたモニターツアープログラムです。
2015年の国勢調査によると、南あわじ市は総人口に占める65歳以上の割合は33.5%という、全国的にも少子高齢化の課題を抱える地域といわれています。ただ、近年においては観光地として注目を集めており、魚・海苔・玉ねぎ・淡路牛といった豊富な食材、伝統芸能や神話にふれられる観光スポット、美しい景観や自然を感じる体験などを求めて遠方からも人が訪れます。
持続可能な農漁業と観光の在り方を考え、神話と伝統を継承する人々と交流を深めながら、日々の暮らしから離れた場所で新しいふるさとを見つけることを目的に観光庁の「地域の観光資源の磨き上げを通じた域内連携促進事業」の採択を受けて2021年の10月と11月に2回開催しました。
観光と農業の未来
ツアー初日は「淡路人形座」を訪問。およそ500年の歴史を持ち、国の重要無形民俗文化財に指定されている「淡路人形浄瑠璃」の舞台を鑑賞しました。演目は、淡路人形座で長く演じられている「戎舞(えびすまい)」。
最盛期の江戸時代中期には40以上の人形座が淡路島にありましたが、明治時代になると新しい芸能に人気を奪われ、習得の難しさから後継者が育たず、一時は消滅の危機に。淡路人形芝居の灯し火を絶やさないよう、1964年に立ち上げられたのが淡路人形座です。
当日は観劇の後に舞台裏ツアーも体験。芝居を観るのが大好きな小学生の男の子は「将来、ここで働く!」と宣言し、目を輝かせていました。淡路人形座は2004年度から文化庁の補助を受けながら、島内の小・中学校へ出前講座を行っています。そうした公演外の活動で人形芝居の魅力を感じ、入座した部員もいるそう。行政や教育機関、地域の協力を得ながら、後継者の育成・指導を継続的に行っています。
続いて訪れた「アグリミュージアムNADA」は廃校となった灘小学校の跡地を活用して生まれた多目的施設で、リノベーションされた教室では宿泊や食事を楽しむことができます。校庭にはトマトの栽培等を行うビニールハウスがあり、商品開発を含めた農業の6次産業化に取り組んでいます。ハウス内の温度や湿度、CO2濃度などの数値測定を行ってモニタリングし、統合環境制御のシステムを活用することで光合成速度を最大化。野菜の生産性を高めるスマート農業を実践しています。
施設スタッフの説明を受けながら、採れたての「校庭トマト」をその場でパクリ。甘さと酸味が互いに引き立った味わいに、大人も子どもも笑みがこぼれます。アグリミュージアムNADAの屋上にはソーラーパネルが設置されており、蓄えられた太陽エネルギーで「教室バジル」に赤外線を照射して育てています。
教室を改装した食事スペースで振る舞われたのは、洲本市の農園レストラン「夢蔵(ゆめぐら)」の出張ディナーコース。淡路島産の食材で構成された和フレンチを説明とともにいただきます。
学生のお子様に人気だったのが新鮮な校庭トマトをソースに使った「鯛のうろこ焼き NADAのトマトのクリームソース」。香ばしく焼かれた鯛ととても合います。淡路島の大らかな自然が育む素材と料理を堪能しました。
夕食後のトークセッションで、真剣に耳を傾ける参加者の皆さん。登壇者は、淡路島で有機玉ねぎを中心とした卸売業を営む新家青果の代表・新家春輝さんと、アグリミュージアムNADAの代表・菊川健一さん。2者が連携して取り組むB品玉ねぎの加工商品や6次産業化、SDGs思考の観光マーケティングのお話を聞いて、持続可能な地域活性化に必要な経営視野の広さを感じ取っていました。
国生み神話の島
2日目は、南あわじ市の土生(はぶ)港から南へ4600メートルほどの場所に浮かぶ「沼島」へ。島の周囲は10キロメートルほどで「神々が創った最初の島」と呼ばれています。沼島の観光ガイドの案内を受け、さっそく底引き網漁体験へ。
ワイヤーを引っ張って、下ろした網を上げていく漁師さん。仕事ぶりを間近で観る子どもたちは尊敬のまなざし。船の上に次々と引き揚げられていく魚に、歓声が上がります。タイ、イカ、カワハギ、エイ、フグなど、魚の名前を尋ねて確認する子どもたち。
「タイも捕れたよー! 大漁だー!」
見事なえびす顔。「昨日の人形浄瑠璃みたいだね」とまわりの皆さんも笑顔になりました。宿泊する「料理旅館 木村屋」では夕食として、捕った魚のお刺身やハモ鍋、伊勢エビとサザエの宝楽焼きなど海の幸を堪能し、沼島の食の豊かさを実感しました。
交流から生まれるエネルギー
今回のモニターツアーでは地元の方々と訪問者の交流の場を幾つか準備しました。雄大な自然の風景や豊富な食材は、旅人にとってはうらやましく思えるもの。しかし、昔から島で生活する人にとっては日常に過ぎず、外から訪れる人ほど価値を感じられるものではないようです。参加者たちの声や笑顔はこの地で生きる人々に自信と活力を、南あわじで暮らす人々のライフスタイルは旅人たちに新たな興味と刺激を与えていました。
1)廃校ホテルのトークセッション
淡路島で有機玉ねぎを中心とした卸売業を営む新家青果の代表・新家春輝さんと、アグリミュージアムNADAの代表・菊川健一さんのお話に真剣に耳を傾ける参加者の皆さん。おふたりが連携して取り組むB品玉ねぎの加工商品や6次産業化、SDGs思考の観光マーケティングのお話を聞いて、持続可能な地域活性化に必要な経営視野の広さを感じ取っていました。
2)国生み神話を学ぶ
創立880年という由緒ある真言宗寺院「神宮寺」住職の中川宣昭さんは沼島の語り部。この地で伝承される国生み神話の解説から沼島の地理・歴史まで幅広いお話を聞くことができました。
3)玉ねぎ苗植え付け体験
オーガニック玉ねぎ農家の香川明美さんは、アグリミュージアムNADAと連携して農業体験者を受け入れています。植え付け体験に参加した皆さんは、汗を流して土に触れながら理想の暮らしについて思いを巡らせている様子でした。現地の人々との交流を重ねながら、参加者の皆さんは南あわじが持つ本当の価値を自分自身の体験として持ち帰ったようです。
旅先で見つけた、第2のふるさと
自分にとって新しい生き方を示唆してくれた南あわじ市や沼島を“新しいふるさと”のように感じている人も多い旅でした。人口減少や産業の後継者不足といった地域課題を解決する術は移住促進だけではなく、2拠点生活やワーケーションという「“観光以上、移住未満」の選択肢もあります。まずは今回のツアーに参加した方々のような、地域との「関係人口」を増やすことから始めれば、南あわじの未来がよりひらかれていくのではないでしょうか。
撮影:岩本順平(DOR)
取材・文:柿本康治