播州織が紡ぐ未来への挑戦/兵庫県西脇市
ひょうご観光本部が2泊3日のツアーとして実施した「Journey+播州織が紡ぐ未来への挑戦」は、緑豊かな中山間地域を行き来する多拠点生活に興味を持つファミリーや持続可能なファッションビジネスに興味を持つ大学生に向けて組まれたモニターツアープログラムです。北播磨の気候⾵⼟に育まれてきた播州織の産地の魅力を体感。現地でイノベーションを起こす人々と交流しながら、地域の未来を考えていくことを目的に観光庁の「地域の観光資源の磨き上げを通じた域内連携促進事業」の採択を受けて2021年の10月と11月に2回開催しました。
自然と人が織りなす持続可能な地方都市を目指す西脇市は、経済・社会・環境の側面における新しい価値創出のポテンシャルが高い地域として評価を受け、2021年5月に「SDGs未来都市」に選定されました。
しかし、200年以上の歴史を持つ地場産業「播州織」は不況で岐路に立たされています。海外製品にコスト面で押され、1987年の絶頂期と比べて生産量は10分の1に落ち込み、アパレル不振や後継者不足などの課題を抱えています。そうした状況のなか、若⼿⼈材の都市部流出という地域の構造的課題に対し、移住してきたクリエイターなど若い人々が率先して播州織の⾼付加価値化を進めることで、新たな⼈材が⻄脇を⽬指す流れを生みだそうとしています。
訪れた先は、繊維産業の発展や人材育成を支援する「兵庫県立工業技術センター 繊維工業技術支援センター」、産地の歴史が色濃く残る「旧来住家住宅」と「播州織工房館」、国産オーガニックコットンの栽培を含めた取り組み「産地から興す新しいものづくりのかたち」が2021年度のグッドデザイン賞を受賞した「tamaki niime」など。参加者同士がコミュニケーションを取りやすく、仲間意識が生まれる1回8人の⼩グループで催行しました。
本物の産地を体感する
初日に訪れたのは、西脇市野村町にある「兵庫県立工業技術センター 繊維工業技術支援センター」(以下、支援センター)。1920年に創設された兵庫県工業試験場・西脇分場を前身として、100年以上に渡って県内の繊維産業の発展や人材育成を支援する役割を担ってきました。
職員のガイドを受けながら、染色仕上加工試験室を見学。染色のための試験機を初めて見て、子どものように目を輝かせる参加者の皆さん。製布試験室には、ジャガード織物(タテ糸とヨコ糸の交差によって模様や柄を織り込んだ生地)の開発や研究のための機械が大小様々、迫力のある音を立てながら動いています。
播州織は海外ブランドの生地に採用された実績がありますが、最終製品には播州織のタグが付くことはなく、一般消費者の認知度が低いという課題がありました。そこで、西脇市は2015年から「西脇ファッション都市構想」を掲げ、デザイナーの育成支援・移住促進・播州織のブランディングに取り組んでいます。支援センターもまた、繊維関連の事業所に就職した若いクリエイターの創作活動や最終製品の生産をサポートしながら、産地の未来を見据えています。
続いて訪れたのは「播州織工房館」。かつては織物工場だった名残を感じるのこぎり屋根。およそ50社の播州織を使った生地や雑貨を取り扱うアンテナショップは2007年にオープンし、ブランドの展示販売会や生地マルシェも行われています。
「播州織には、ロマンが詰まっているんです」と話すのは、館長の横江真琴さん。レピア織機の実演も交えながら、播州織の歴史を楽しいトークで伝えてくれます。今からおよそ230年前、先染織物の織り方を西脇市比延町に住む大工が京都の西陣で教わったことがきっかけで始まったといわれる、西脇の織物産業。域内を流れる河川から染色に適した軟水が得られることもあり、その後は発展。昭和40~50年代にかけて染色排水処理施設を設置し、自然の恵みである水と空気を守りながら持続可能な産業を昔から続けていることを教えてもらいました。
播州織の未来を切りひらく
2日目と3日目は「tamaki niime Shop & Lab」に滞在。「tamaki niime」は西脇市を拠点に、年齢や性別、ジャンルにとらわれずに自由に着こなせるショールやウェアを生みだしています。播州織の解釈を広げ、日本のものづくりに新しい風を吹き込む現場を訪ねました。
ほかの工場から譲り受けたヴィンテージの力織機やレピア織機など、1階のラボでは10台以上の織機が稼働し、スタッフの方々が細かく管理していました。播州織の企業は、企画・染め・織り・編み・縫製・販売の分業を選ぶことが多いのですが、tamaki niimeは生産・販売にまつわるプロセスを自社で一貫して行います。それにより、1日に数百点の品質とデザインに優れた一点物を生みだす生産体制を可能にしています。
見学を終えたモニターの皆さんは、午前中に「生成り生地に自由にデザインする染色体験」「自分だけのショールをつくる織物体験」「オリジナルの小さなニット帽づくり」という3つのワークショップに参加。
午後は織物の制作過程で生まれるはぎれや糸を使ったトートバックや人形づくり。廃棄物を生み出さない循環型のものづくりを体験しました。
3日目の朝は工房の近くに点在するコットン畑へ。より製品の素材感を追究し、循環型のものづくりを目指して辿り着いた答えが、織物の原料となる国産オーガニックコットンの栽培でした。2014年から栽培を始め、自社だけではなく、農薬不使用栽培に共感する個人や団体・農家の方々に種を配布し、収穫したコットンを買い取る仕組みを構築することで、2020年度には買取分も合わせておよそ1500キログラム(種の重さを含む)の収穫を達成したそうです。
産地との距離が縮まる
ツアーのホストとゲストが交流する場面としてもっとも印象的だったのは、tamaki niime代表・玉木新雌さんのトークセッション。
革新的な生産・販売体制や食物の自給自足、国産オーガニックコットンプロジェクトといった取り組みもすべて、地球と人にやさしい循環型のものづくりにつながっているということ。ツアーの参加者を含めた、関わるすべての人たち・地域・自然環境とともに、企業として成長しながらよりよい社会を実現したいという展望。日本のものづくりの未来を感じさせるお話でした。
トーク終了後、ある参加者は「関東方面で催事出店される際はぜひお手伝いしたいです!」と玉木さんに直接伝えていました。移住することが地域に関わる唯一の方法ではありません。体験型のプログラムで巡り合った人々とまた会いたいと再訪する人もいれば、実感した播州織の魅力を地元に持ち帰って語る人もいるかもしれません。
地域創生の種が芽吹く
繊維産業やクリエイターを技術面でサポートする支援センター、循環型のものづくりで人々を惹きつけるtamaki niime、そして地元自治体や兵庫県の多様な観光事業会社・団体の連携で企画された今回のツアー。そこに地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」という新たな価値観と持続可能な地域創生のあり方を見ることができました。
参加者それぞれが持ち帰った種がいつか芽吹き、紡がれた想いの糸が西脇の未来へとつながる日が来るのかもしれません。太陽の光と風を浴びてふっくらと織られたショールのように、参加者たちは満ち足りた表情で帰路につきました。
撮影:岩本順平(DOR)
取材・文:柿本康治