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山・森の恵みを
味わう
山がもたらす、豊かに生きる環境と時間、
大きな循環のなかにある“食”と出会う
大分は、両子山・英彦山・くじゅう連山など大小さまざまな山をもち、動物や植物、微生物の恩恵を受けて、多様な食文化を育んできました。時間をかけて生み出した食に関わる技術は、作物の生産効率を上げるだけでなく、土地に根づいて生きるための大事な知恵となっています。今回、大分を訪れたのは秋も半ば、山が紅葉に色づく時期。旬の食材を探して森へと分け入り、山を越え谷を越えて、奥深い食の旅へと踏み込んでいきました。
半世紀を超えて、庶民の食文化をつくる、唐揚げ専門店発祥の地・宇佐と、唐揚げの聖地・中津
サクッと香ばしく揚がった衣のなかから、ジュワッと鶏の肉汁とともに醤油やにんにく、生姜の風味が滲み出てくるあの食感・風味こそ、「鶏の唐揚げ」の醍醐味。大分県の北部に位置する宇佐と中津は、それぞれ鶏の唐揚げを名物としています。片栗粉をまぶして高温の油で揚げる=唐揚げという料理法は、戦後の食糧が少なかった時代にあって、近辺で獲れる魚を美味しく食べるための庶民の知恵でした。そして、養鶏場が多くあったこの土地に、鶏肉と唐揚げが結びついたのです。
“唐揚げ専門店発祥の地”とされる、大分・宇佐の「来々軒」を訪れました。お店の前には発祥の地を告げる石碑が。「父が鶏の唐揚げを考案し、1964年に創業しました」と語る二代目店長・福田さん。「当時は塩こしょうと片栗粉がベースでしたが、徐々に現在のにんにく醤油のタレへと改良を重ねていきました」。醤油とにんにくの香ばしさもありつつ、油が重く感じないやわらかな喉越しに、ついつい箸が伸びます。
「現在では、世界中で健康志向の流れから、身体に取り入れるものが見直されてきていることを鑑みて、無添加・NO MSG(=添加物であるグルタミン酸ナトリウムを入れない)・グルテンフリーのタレを開発しています」と意気込む店長。今後も多くの人に親しまれるよう、進化し続ける唐揚げづくりへの想いを聞くことができました。
中華料理店 来々軒
唐揚げ専門店「天下とり」も併設しており持ち帰りも可能。ほかラーメンや餃子などのメニューも。
大分・中津は、“唐揚げの聖地”として日本唐揚協会からも認知されている、特別な場所です。中津の市街地から南へ、険しい渓谷のトンネルを抜けたところに「むら上食堂」があります。「この地域で養鶏農家を営んでいた両親が、1968年頃にこのお店を創業しました。当時のレシピをいまも使って、鶏肉に下味をつけているんです」と、二代目の村上さん。
「唐揚げ定食」一択というメニューからもその心意気が伝わってきます。ごろっとしたぶつ切りの鶏肉を使った唐揚げは、食べた瞬間にほろほろと身が広がり、旨味とピリ辛さがさらなる食欲を引き出します。
「タレの中身は、醤油をベースに、生姜とにんにく、りんご、ホワイトペッパー、一味、味の素、みりんにごま油、日本酒。カットした鶏肉には、下味で塩をふります」と二代目(掲載許可済)。50年以上変わらないむら上食堂の唐揚げは、どこでも手に入る材料で、誰にもまねできない味を出していました。
むら上食堂
断崖絶壁の「耶馬溪」を背後にした食堂の佇まいは素朴の一言。唐揚げ同様、無駄を排した潔さがある。
むら上食堂
断崖絶壁の「耶馬溪」を背後にした食堂の佇まいは素朴の一言。唐揚げ同様、無駄を排した潔さがある。
この土地にしかないワインの味を求めて、日々の研究と感性を研ぎ澄ませること
宇佐と別府の間に位置する山間の安心院(あじむ)で、昼夜の寒暖差がある盆地地形を生かし、葡萄の栽培と品種改良を進める安心院葡萄酒工房。ここでワインの造り手・増田さんにお話を伺いました。「もともと日本酒をつくっていた宇佐市に本社を置く三和酒類株式会社が、2001年にこの土地へとワイン部門を移し、工房を運営しています。初期はどんな品種がこの土地に合い、どんな醸造適性があるかわからなかったので、多種類の葡萄を植え、その適性を見極めていきました。僕自身、オーストラリアのワイナリーで1年みっちり修行して、その技術を生かしています」。
おすすめは、アルバリーニョの白ワイン。スペインやポルトガルで生産される品種ながら、気候帯の似ている安心院だからこそかたちになったのだとか。「香りがわかりやすく特徴的で、アプリコットや白桃のような香りがあります」と増田さん。ほかに特徴的なワインを聞くと、出てきたのは「小公子」という銘柄。「山葡萄系の品種を交配し造られたもので、色が濃く、ボディ感もあって、山椒などと似た香りがします。赤ワインが苦手な方でも入りやすい。ここ日本にしかない品種ですね」。
温暖化によって天候が読めない昨今、ワイナリーにとっても難しい状況なのだと増田さんは言います。「ワインを造ることができる産地帯が世界的にも変化しつつあります。九州はまだ影響がないですけれど、寒暖差が少なくなると赤ワインの色味がつかなくなる。ただ、私たちは、天候や環境に寄り添いながら、その時々で最高のものを試行錯誤するしかありません」。この土地でしか出せない味・品種・製法を求めて、日々挑戦していく姿勢が、言葉の端々に込められていました。
安心院葡萄酒工房
充填ライン、製造所、貯蔵庫、ブドウ畑などの見学も可能。
まちぐるみで梅を育てて50年超。
樽に任せる、時間の使い方
次に向かったのは、日田市の山間にある梅の産地・大山町。この土地の農家が栽培する梅のみを使い、梅酒造りを行う「梅酒蔵おおやま」を訪ねました。「梅酒」とは、梅の木から採れる実と砂糖・蒸留酒を容器に入れて漬け置きすることでできる梅のエキス入りのお酒。この酒造では、梅酒製造の顧問・手嶋さんとともに製造工程を追いながら、その美味しさの秘密を探っていきます。「大山町の契約農家30軒から、6月頃に収穫された熟す前の青梅を30トンほど買い取り、砂糖やアルコールとともにタンクで1年ほど漬け込みます。液体と実を分けて、さらに2年貯蔵したものが商品となっています」と手嶋さん。2015年の全国梅酒品評会で金賞をとってから、商品を造るごとに入賞しているのだとか。
酒造工場の手前にはショップがあり、各種梅酒や農家がつくった梅干し、漬け込んだ梅の実、ジャムやシロップなどが並んでいます。「梅酒だけでなく、この地で栽培した梅を余すことなく加工して、商品として販売しているんです。また、ショップ横の蔵では、タンクで3年以上漬け込んだ梅酒をさらにオーク樽で2年熟成させ、木の良い香りとともに、味に深みを加えた梅酒もありますよ」と、嬉しそうに語る手嶋さん。試飲させていただいたが、甘みと酸味の下から押し広げるようなコクのある香りが鼻を通っていきます。「早期熟成したほうが効率的にはいいんですが、この深みと美味しさはワイン同様、“時間”をかけることでしか出せません。なぜそうなのかは、実はまだまだ研究段階なんです」。
梅酒蔵おおやま
株式会社おおやま夢工房が営むニッカウヰスキーと共に造った梅酒工場。開花時期には一帯が梅花で覆われる。
梅酒蔵おおやま
株式会社おおやま夢工房が営むニッカウヰスキーと共に造った梅酒工場。開花時期には一帯が梅花で覆われる。
生き物と向き合い見えてきた、
自然のなかの循環と、経済の循環
九重町大字田野の高原近くのハイウェイ沿い、くじゅう連山や大船山の豪快な風景を望む、鷲頭牧場直営のレストラン「べべんこ」。ここでは、牧場でのびのびと育った豊後牛や地産コシヒカリを使ったステーキ定食、ブルーベリーを使ったソフトクリームなども味わうことができます。焼きたてのステーキがじゅうじゅうと美味しそうな音を立てているところにナイフを入れ、やわらかく濃厚な豊後牛の味を噛み締める。ステーキソースと牛肉の絡みも絶妙です。
べべんこを運営する鷲頭牧場は、現代表・鷲頭さんの先祖の手で1889年に開拓された土地を利用し、1953年に鷲頭さんの祖父が牛飼いをはじめたことが発端となっています。「今は10ヘクタールほどの土地のなかに、牛舎や牧草などの農作地、放牧地があります。また、地元の農家と連携し、牧草や藁と牛を育てる過程で出てくる堆肥を交換することで、これまで廃棄していたものを資源として活用し、地域内での循環が生まれているんです」と鷲頭さん。配合飼料以外の飼料は、すべてこの土地で自給しているのだとか。
「広い土地を生かして、夏の間は牛たちを山のほうへ放牧しているんですよ。ストレスを与えないことが牛たちの健康にとって一番。あと、親子飼育もできるだけ進めているんです。早期離乳させたほうが効率的なんですが、母親の保育能力を引き出すことが大切」。いまある地域の環境や資源を最大限に生かすため、独自の農業のあり方を鷲頭牧場は模索しています。
農家レストラン べべんこ
高台にあるお店からは遮るもののない広大な放牧地が見渡せる。店内には協力農家が作った野菜などの販売も。
日本一の乾しいたけ産地・大分、
美味しい椎茸が育つ環境とは?
大分県は、日本一の乾しいたけ産地でもあります。今回、伺った椎茸農園がある竹田市は、県内でも有数の椎茸産地なのだとか。農園は、椎茸を栽培するくぬぎの原木が道の両脇に整然と並び、木漏れ日がちらちらと木々を照らす気持ちの良い場所。農園のオーナーいわく「椎茸に適した環境は、日光・湿度・温度が揃った状態。乾燥し過ぎても、温度が低過ぎてもだめなんです。もともと田んぼだったこの場所に、広葉樹と落葉樹、高低差のある木々を計画的に植えて、農園として整備しています」。原木には、大小さまざまな椎茸が育っていました。拳大くらいのふっくらとした椎茸をもぎって、カゴに入れていきます。
「収穫シーズンは春と秋。くぬぎの甘い樹液で育った椎茸はほんのり甘く、出汁にも最適です。また、乾した椎茸は生のものに比べて、ビタミンDなどの成分が10倍近くも高まるんですよ。うちは農薬も化学肥料も用いていないので、自然の素朴な味をそのまま楽しめます」と、もいだ椎茸をその場で炭火で炙りながらお話いただきました。「炭火焼以外にも椎茸の美味しい食べ方が沢山ある」と作ってくださった、椎茸のだんご汁や、椎茸入りのお餅などもいただきながら、椎茸の甘みと濃厚な香りを楽しみつつ、農園の心地良さを満喫しました。
日本の田舎だからこそ体験できる、
四季に応じた、当たり前の暮らしぶり
日本の農村民泊発祥の地でもある安心院。1996年当時より、民泊を受け入れてきた時枝さんご夫婦が切り盛りする「百年乃家ときえだ」にお邪魔しました。到着も早々に、大分の郷土料理「やせうま」づくりを教えてもらいます。小麦粉と餅粉を捏ね合わせ、短冊型にのばした生地を茹で、きなこと砂糖をまぶして完成。もちもちした食感ときなこの香ばしさがよく合います。「こんな田舎にわざわざ来てくれるんだから、私たちは精一杯応えないとね」と、夕食の準備をしながら明るく笑うホストの時枝仁子さん。
安心院葡萄酒工房のワインとともに、夕食のテーブルには大分の地のものが並びます。鱧と野菜のしゃぶしゃぶ(ねぎと白菜は自家産)、ゆずのゆべし(ゆずと味噌、ナッツを混ぜて蒸し、寒晒しにしたもの)、豆腐カツとゆずよせ(ゆずを寒天で固めたもの)、そして季節の野菜を使った料理の数々。それぞれを細かく説明くださった後に、「お味噌も自分でつくるんですよ。自分たちもおもてなし方を勉強して、お客さんに良い反応をもらえた時には、心が磨かれていく気持ちです」とお母さん。素材を大事に生かした料理一つひとつから想いが伝わってきます。
「私のような日本の農村で暮らす女性というのは、社会のなかで自ら声を出し自己主張することが、いまだにしにくい状況があります。ヨーロッパでは、お母さん自身が自らのビジネスとして、家庭の料理や手づくりのクッキー・ジャムなどの加工品を販売し、それが人に喜ばれることで、社会とのつながりを生んでいる。日本でも、この安心院で我が家の味を提供して、どこにもない味をいろんな人に食べてもらい、喜んでもらいたい。それが私の喜びでもあるんです」。
翌朝、お父さんとともに家の前の畑へ向かいました。白菜、じゃが芋、ごぼう、大根、わさび菜、春菊、にんじん、なた豆、鷹の爪、里芋、さつま芋、にんにく、万願寺とうがらしなどなど、多種多様な野菜を育てているのだとか。昨夜に「いい野菜が採れるよう、土を大切にすることが暮らしと向き合うこと」と話していたお母さんの言葉がよぎります。時間や手間をかけて自然とともにあること。そんな暮らしぶりがまだこの地に生きているのだと感じました。
農村民泊 百年乃家ときえだ
約200年前に建てられた米倉を利用し、1日1組の農村民泊を運営している。
おすすめスポット
2019年11月撮影
今回の旅の行き先
- 大分空港
- 両子寺(国東)
- 中華料理店 来々軒(宇佐の唐揚げ)
- 宇佐神宮(宇佐)
- むら上食堂(中津の唐揚げ)
- 深耶馬渓 一目八景展望台(中津)
- 安心院葡萄酒工房(安心院)
- 農村民泊 百年乃家ときえだ(安心院)
- 梅酒蔵おおやま(日田)
- 農家レストラン べべんこ(九重)
- 九重"夢"大吊橋(九重)
- 椎茸農園(竹田)
- 大分空港
アクセス
大分の空の玄関口「大分空港」へのアクセス
東京:羽田(東京国際空港)から約1時間40分、
大阪:伊丹(大阪国際空港)からは約1時間で、大分空港を結ぶANA便が毎日運航。
愛知:名古屋(中部国際空港)からもANAとIBEXとの共同運航便が、毎日運航しています。
「大分空港」から各拠点へのアクセス
大分の各拠点へは、「空港特急バス」や「湯布院高速リムジンバス」、「ノースライナー」「サウスライナー」など、
航空便の離発着時間に合せた便利なバスが運行しています。