03
大分の旬を
味わう
温泉や水、土など土地が生み出す恵みに寄り添い、
先祖代々の食のあり方から、新しい“美味しい”をつくる
大分には、先祖代々100年以上の歴史をもって食の担い手を育んできた風土が各所に残っています。
郷土料理の料亭や日本酒の酒蔵、醤油や味噌の醸造を行う企業、農業人として生きる家族……。
今を生きる食の担い手たちが、先代の想いを引き受けながら、
新しい生産技術や食を届ける仕組みなどを駆使し、今の“美味しい”をつくっています。
今回の旅では、冬の大分を訪れ、食の現場をめぐり、奥深い食の旅へと踏み込んでいきました。
豊かな自然と先端技術が生み出す、
安心安全の「くにさきOYSTER」
日本の牡蠣というと濃厚でプリッとした大きな身が魅力とされていますが、ここ大分県国東市の地名を冠した「くにさきOYSTER」は、小ぶりながらも美しく肉厚の身を持ち、生食でもえぐみ・臭みが少なく、すっきりとした味わいが特徴です。大分県と地元の漁協、ヤンマーの研究所の協働によって生まれたこの美味しさの秘密を探るべく、「ヤンマー株式会社マリンファーム」へと向かいました。
「牡蠣の家である殻の形が、中身の美しさをつくる。形こそ大事なんです。」冬場にもかかわらず腕を出したウェットスーツを着用し、ちゃきちゃきと干潟を歩くのは、ヤンマー株式会社マリンファームで牡蠣を育てて約30年のベテラン、加藤元一さん。この研究所では、選び抜かれた親牡蠣から稚貝を産み出し、均整の取れた殻に育てるため、岩などにくっつく習性のある牡蠣を一つひとつばらばらにした状態で養殖する、シングルシード式を採用しています。
また、牡蠣の生食は衛生上のリスクを伴いますが、くにさきOYSTERは安全性を徹底して高めるべく、養殖海域にいる食中毒の原因となる菌が基準値を下回っているかどうか、地域ぐるみで定期的に調査しているのだとか。「最終の工程では、ウィルスより細かいフィルターを通した海水で牡蠣を浄化させます。手間はかかりますが、安心して“美味しい”と感じてもらうためには必要なこと。」と加藤さん。今後の展望を聞くと「地元のさまざまな人の協力を得ながら、国東の重要な産業のひとつとして育てていきたい。」と語ってくれました。
ヤンマー株式会社
車海老の養殖場跡地を利用し、牡蠣の稚貝を養殖。育成時期によって天然の干潟にも牡蠣を設置するなど、独自の仕組みを開発している。
創業から140年超の料亭がつくる、“郷土料理”としてのふぐを味わう
大分県の東海岸に位置する臼杵(うすき)にて、1878年創業の料亭「喜楽庵」。ふぐ料理を主とし、魚介類から農産物にいたるまで大分のものを丁寧に扱っています。若女将・山本祐子さんご案内のもと通されたのは、中庭からきれいな光の入る和室。静かな趣ある空間で喜楽庵の定番「ふぐコース」をいただきました。
「今朝まで近海で泳いでいたような新鮮なものですから、素材の味をしっかりと感じていただけるよう、シンプルな調理法でお出ししています。身や皮はもちろんアラにいたるまで、ふぐ1匹余すところなく料理に使っています。」と若女将。コースは前菜に始まり、ふぐ刺し・ふぐ唐揚げ・焼きふぐ・ふぐ寿司・ふぐ鍋・ふぐ雑炊と、その艶やかで歯応えある白身の味わいを膨らませる料理の数々。かつおと昆布ベースの出汁に、醤油とかぼすを加えたポン酢を絡めれば、また違った世界を味わえます。
ふぐ・日本料理 喜楽庵
地元の呉服屋さんによって1912年に建てられた別荘を改装。和・洋室それぞれ趣のある空間となっている。
「もともと臼杵は近海でとれる魚介類を含め、ふぐを食べる文化が身近なんですね。そういった地産の食材を扱う調理技術を研究し、料理の質を保つため『ふぐ部会』という地域の取り組みもあるほどです。」創業から約140年を超えた現在も、食材に真摯に向き合う姿勢こそ、さまざまな人の“美味しい”を引き出している理由なのかもしれません。
ふぐ・日本料理 喜楽庵
地元の呉服屋さんによって1912年に建てられた別荘を改装。和・洋室それぞれ趣のある空間となっている。
甘味と酸味のバランスを突き詰め、
新たな“美味しい”をつくる「ベリーツ」
匹田さんは会社を辞めてから、いちご一筋15年。「この5〜6年でやっと『こうしたら悪くなる』くらいは、いちごのことがわかるようになりました。」と苦笑い。実を傷つけないように手首のスナップをきかせて、ぽってりと実ったいちごを優しく摘んでいく匹田さん。自身でつくったものへの愛情と自信を感じさせる一場面でした。
大分県が8年の歳月をかけて開発、2017年に発表された新品種いちご「ベリーツ」。臼杵でベリーツを育てる匹田康雄さんのビニールハウスにお邪魔しました。ちょうど最初の花の実を収穫したところで、第二弾の収穫をひかえて赤い実がちらほらと大きくなりつつあります。「ベリーツの特徴は、香りが良く、味が濃くて甘みと酸味のバランスがいいところです。隣で育てている『さがほのか』と食べ比べたらわかりますよ。」と匹田さん。“ほのか”という名前の通りさわやかな口当たりに対して、ベリーツの濃厚な味わいが際立ちます。
匹田さんは会社を辞めてから、いちご一筋15年。「この5〜6年でやっと『こうしたら悪くなる』くらいは、いちごのことがわかるようになりました。」と苦笑い。実を傷つけないように手首のスナップをきかせて、ぽってりと実ったいちごを優しく摘んでいく匹田さん。自身でつくったものへの愛情と自信を感じさせる一場面でした。
大分が誇る醸造文化の担い手に聞く、変わりゆく時代の美味しい醤油・味噌
醤油・味噌の製造販売を目的として1861年に創業した「フンドーキン醤油」。今回、その醤油を製造している「大分醤油協業組合」の工場へと伺いました。こちらには世界一の大きさ(2007年ギネス認定)を誇る「木造醤油樽」があります。お話をお聞きしたのは、製品開発・研究を行う田部一郎さんと、事務担当の木元沙耶佳さん。
工場がある臼杵地区は、海運によって発展した大分のなかでも有数の商都であり、お酒や醤油・味噌などをつくる「醸造の町」とも呼ばれています。そのような土地で、300年前に木樽でつくられていた醤油の味を復元し、現在の醤油として見出すためつくられた木樽。田部さんは「木樽を用いて醸造するところも少なくなり、樽自体をつくる技術もすたれてきているなか、このような取り組みを通して、今一度、醸造文化に触れるきっかけとなれば」と語ります。
大分醤油協業組合(フンドーキン醤油株式会社)
世界一の木樽を有する組合内の醤油製造工場では、平日のみ製造工程の見学が可能(要予約)。
また、「ご自身にとって“美味しい醤油”とは?」という質問を投げかけると、木元さんは「醤油や味噌は家庭の味が出ます。自分でお味噌汁をつくってもなにかが違って、実家で食べると『これ!この味だよね』となる。その『これ!』に入り込める醤油や味噌こそ、美味しいものだと私は思います。」と返してくれました。高齢化が進む日本において、家族構成や暮らしぶりが大きく変わる時代。醤油や味噌といったお馴染みの調味料自体も、その立ち位置を変えつつあるからこそ、変わりゆく醸造文化に触れることが今面白い。古くからある醤油の味を現在に見出す世界一の木樽は、その象徴ともいえるでしょう。
大分醤油協業組合(フンドーキン醤油株式会社)
世界一の木樽を有する組合内の醤油製造工場では、平日のみ製造工程の見学が可能(要予約)。
地熱や蒸気とともに暮らす温泉街で、
昔ながらの調理技術と出会う
蒸し上がってほくほくと湯気の上がる野菜を食べてみると、素材自体の味が色濃く感じられ、甘みが引き立っているのがわかります。お肉は余分な油が落ちて軽やかに。大分県産の蘭王たまごはオレンジ色の黄身がとろりと濃厚に。その食べっぷりを見ていた大石館長は、笑顔で「地獄蒸しは、昔から親しまれてきたこの地区独特の文化。国内だけでなく世界中の人に伝えていきたいですね。」と話してくださいました。
瀬戸内海に面する湾と火山帯の間に位置する別府には、大地から吹き上がる蒸気や地熱を利用した暮らしの文化があります。ここ鉄輪(かんなわ)地区にある「地獄蒸し工房 鉄輪」では、地元で採れる食材を摂氏98度の温泉から噴出する高温の蒸気熱だけで蒸し上げる「地獄蒸し」の体験ができます。大石浩子館長に手ほどきをいただきながら、挑戦してみました。
早速さつまいもや玉ねぎ、かぼちゃ、れんこん、卵、鶏肉、ぶたまんなどを専用のざるにのせて、釜の底へと設置します。「昔から、湯治宿といって温泉で療養する施設がこのあたりにはたくさんありました。そこでは、良いものを食べて健康にするため、蒸し料理も提供していたようです。温泉の蒸気熱で蒸すことで、温泉に含まれるミネラルも付加されて、素材の味が引き立ちますよ。」と大石館長。
蒸し上がってほくほくと湯気の上がる野菜を食べてみると、素材自体の味が色濃く感じられ、甘みが引き立っているのがわかります。お肉は余分な油が落ちて軽やかに。大分県産の蘭王たまごはオレンジ色の黄身がとろりと濃厚に。その食べっぷりを見ていた大石館長は、笑顔で「地獄蒸しは、昔から親しまれてきたこの地区独特の文化。国内だけでなく世界中の人に伝えていきたいですね。」と話してくださいました。
地獄蒸し工房 鉄輪
ほかメニューは魚介類や点心、ソーセージ、豆腐なども。おすすめは「別府温泉ぶたまん」。
日本酒は口で語らず、想いを込める。
6代つづく酒蔵がつくる看板銘柄
有限会社 中野酒造
1874年創業の酒蔵。店舗では、日本酒や焼酎各種だけでなく仕込み水の試飲も。
国東半島の南端部・杵築の城下町にて、最後の酒蔵となった中野酒造。現社長である6代目・中野淳之さんが立ち上げたブランド「ちえびじん」が、フランスの日本酒品評会にて選出され話題になっています。「フランスの人はワイン感覚で日本酒を飲んでいるんじゃないかな。」と、今回ご案内いただいた5代目・中野勢三さん。
「まず飲んでみてください。うちの命の水です。」と差し出された国東半島の山々で磨かれた仕込み水は、口当たりもまろやか。「ここは1874年創業。地下200メートルからの仕込み水を先祖代々の授かりものと感謝しながら、酒造りにのぞんでいます。」5代目の声に力が入っているのがわかります。
「この土地でつくられたお米を熟知し、水を熟知し、想いを込めてつくることに私たちは注力しています。パートの方にも、蔵へ向かって、『今日も美味しいお酒をつくってよ、美味しいお酒になってよ』ということを思いながら通るんですよと伝えている。みんなの想いが集約されて、はじめて人の心を打つ酒ができるんです。」
有限会社 中野酒造
1874年創業の酒蔵。店舗では、日本酒や焼酎各種だけでなく仕込み水の試飲も。
自分たちの手でできる限り“つくる”こと。暮らしの本来を見直す農村民泊体験
大分市内から車で約70分の山間にある由布市庄内町の平石地区。美しい棚田を登り切った先にあるのが、2014年より麻生留美さん・博昭さんご夫婦が営む農村民泊「天空の風 ひらら」。広い敷地のなかで、梨・柿・キウイなどの果物からお米に各種野菜の栽培、そして養蜂と幅広く手がけています。「提供するものは、自分たちの手でつくる」をモットーに、宿泊する人たちとの交流を楽しむ、パワフルなご夫婦です。
食卓には、郷土料理のだんご汁、とりめし、自家製たくあん、鹿の焼肉、自然薯のとろろ、里芋の煮つけ、甘酒などなど、地元でとれた季節の食材でつくられた料理がずらっと並んでいます。「自然薯は、地中深くまで育ったものをお父さんが掘り起こしたんですよ。それをすりおろして、出汁を加えました。熱々のごはんにのせて食べると、とっても美味しいの。」と留美さん。
農村民泊 天空の風 ひらら
季節ごとに農業体験や魚釣り、集落の散策などが楽しめる。
博昭さんは「なんでも“つくる”のが農業人。この土地を祖先から引き継いできた性みたいなものがありますね。」と語りつつ、これから取り組みたいことは?という質問に、「最近考えるのは、この土地に合ったものを無理なく選んで、育てていくことです。そして同時に、この土地にある営みや目の前に広がる原風景を、いろんな人に伝えていきたいですね。」と胸の内を話してくださいました。生活の技術を日々磨き、創意工夫をこらし、人生を楽しむお二人。農村民泊という体験を超えて、素晴らしい出会いの機会となりました。
農村民泊 天空の風 ひらら
季節ごとに農業体験や魚釣り、集落の散策などが楽しめる。
おすすめスポット
2019年12月撮影
今回の旅の行き先
- 大分空港
- ヤンマー株式会社 マリンファーム(国東)
- ふぐ・日本料理 喜楽庵(臼杵)
- 国宝 臼杵石仏(臼杵)
- 匹田農園(臼杵)
- 大分醤油協業組合(臼杵)
- フンドーキン醤油株式会社(臼杵)
- 小手川商店(臼杵)
- 農村民泊 天空の風 ひらら(由布)
- 狭霧台(由布)
- 鉄輪足蒸し(別府)
- 地獄蒸し工房 鉄輪(別府)
- 竹瓦温泉(別府)
- 有限会社 中野酒造(杵築)
- 大分空港
アクセス
大分の空の玄関口「大分空港」へのアクセス
東京:羽田(東京国際空港)から約1時間40分、
大阪:伊丹(大阪国際空港)からは約1時間で、大分空港を結ぶANA便が毎日運航。
愛知:名古屋(中部国際空港)からもANAとIBEXとの共同運航便が、毎日運航しています。
「大分空港」から各拠点へのアクセス
大分の各拠点へは、「空港特急バス」や「湯布院高速リムジンバス」、「ノースライナー」「サウスライナー」など、
航空便の離発着時間に合せた便利なバスが運行しています。