宙を舞うヤマメ
真夏の太陽が山々の向こう側に隠れると、深い谷底を流れる川の水面(みなも)に涼風がサーッと吹き抜けていきました。碧い水をたたえた大きな淵。水流が絞られて岸にぶつかる辺りで「ポワンッ」と魚が水面に作る「ライズリング」が広がりました。
水面に目を凝らすと、白っぽい小さなカゲロウたちが空中を上下しながら群舞しています。ライズリングはこのカゲロウを食べようとしたヤマメが作り出したものだったのです。目の前で始まったばかりのヤマメたちの晩餐会を写真に収めるべく、水面上10cmほどを飛ぶカゲロウにカメラのフォーカスを合わせ、ヤマメが飛び出すのをじっと待ちます。
水面直下のエサを静かに吸い込むような、いわゆる「地味なライズ」が多くなった直後のことです。一尾のヤマメが、飛んでいるカゲロウをめがけて突如として躍り出ました。驚いた拍子にシャッターを切っていましたが、フラッシュの光の中には、水飛沫を上げて空中を飛ぶヤマメが浮かび上がっていました。
心和む里の川
栃木県の前日光高原を流れる、小来川、大芦川、粕尾川などの里川(渓流)は、私の釣りと写真撮影のメインフィールドになっています。魚は決して多くありませんが、水がきれいで穏やかなフリーストーンの流れ(石灰岩質の場所に多い平坦な流れ)が続き、川沿いに舗装道路も走っていて、重いカメラ機材を持って訪れるのにも申し分ない条件が揃っています。
通い慣れた水辺は、何より故郷にでも帰って来たかのような安堵感があり、そこに立つだけで心が癒されます。そして釣りが一番の目的ではありますが、他にもわさびの葉や山椒などを摘んだり、岸辺の岩に腰かけて珈琲をゆっくり飲んだりして多くの時間を過ごします。ときには釣り支度もしないまま、川沿いの知り合いの家に上がり込んでお茶をいただき森や魚の話に耽ることもあります。
私にとって、釣り場となる川はそこで出会う全てのものが楽しむ要素になっています。周囲が紅葉に染まる秋の禁漁期も、釣りはできませんがヤマメやイワナが産卵する支流を訪れて産卵行動をつぶさに観察します。そして冬は孵化したばかりの稚魚の成育状況を観察しにやはり訪れますから、ほぼ一年中、足を運んでいることになります。
通い慣れたホームリバーは魚を釣る楽しさに加えて、たくさんのサイドメニューが充実していて、尽きない魅力に溢れています。
- 写真はすべてイメージです。