ニヨド・ブルー
青という色が好きだ。
空の色であって海の色であって雨の色でもある。青春という言葉があるぐらいで熟しきれない何かを示すことも多い。悲しみを表すとされているけれど、悲しみだけではなくて、さまざまな感情や心の有り様を代弁してくれる。なーんて、自分の「青」感を書き出してみた。
瑠璃色、群青、金青、紺碧、青白磁、浅葱色、水色、スカイブルー、ブルーグレー、ターコイズブルーなど、青の種類はたくさんあるけれど、共通するのは静けさを感じさせることだ。
ニヨド・ブルーという青をご存知だろうか。
ニヨドとは、高知県の真ん中を流れる仁淀川を指す。そこの色があまりにも美しく、こう呼ばれるようになったという。透明感のある明るい青で、見ているこちらの心も透き通っていくような気がするくらいの美しさだ。なんでも、「不純物の少ない透明な水は、光の波長が長い他の色を吸収し、波長が短い青い光だけを反射する」のだそう。仁淀川は、傾斜が急で流れが速いため不純物が溜まりにくい上に、水温が低く藻も溜まりにくく、抜群の透明度を維持している。「水質が最も良好な川」に10回も選ばれたほどきれいな川なのだ。
今一番、実物を見に行きたい「青」がニヨド・ブルーである。写真では何度も見たけれど、これは本物を見なければ、その美しさを理解できないはずだ。
高知県には勝手に親近感を抱いている。もしかしたら、私はここで育ったかもしれなかった。
私の父は横浜・伊勢佐木町の出身。私も生まれてからすぐは横浜の大都会で暮らしていた。三歳の時、一家で鎌倉に引越した。山を背にした家で、森の中に住んでいるような感覚だった。たまに森から出て、横浜や父の勤めていた銀座界隈のデパートに連れて行ってもらうとわくわくした。子供なりに都会への憧れを抱いたのだった。
そんな私とは逆に、父も母も自然との暮らしが好きになり、数年たったら大磯に引越し、最終的には高知県の四万十川近くで暮らすという計画を立てた。旅行で訪れた四万十川をずいぶんと気に入ったらしい。
子供だった私には大ショックだった。高知県に行ったら、もう三越の食堂に行けないし、ふたば(鎌倉にあった洋食屋さん)の海老フライも食べられないし、横浜公園の汽笛も聴くことができなくなってしまう。小学生の私には、海や川、森や山よりデパート、洋食屋、客船なんかの方が大切だった。若気の至りならぬ、子供の浅知恵とでもいおうか。
でも、人生を折り返した今ならわかる。よーくわかる。海や川や森や山や、そうした自然とともに季節を噛みしめながら暮らしたいという気持ちが。実際に、都会のど真ん中で生活し、活躍していた友人が数年前、高知県に移住した。彼女のSNSの投稿ではニヨド・ブルーがごく日常のものとして扱われていて、うらやましい。
結局、父は鎌倉の暮らしを好み、ここで生涯を終えた。母も多分、このまま鎌倉に暮らし続けるだろう。私はまだわからない。ある日突然、高知県の自然に飛び込んでいくかもしれない。まずは下見に行ってみようかと思う。
- 作家プロフィール
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- 甘糟りり子
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横浜生まれ、鎌倉育ち。大学卒業後、アパレル会社を経て文筆業へ。独自の視点を活かした小説、エッセイやコラムに定評がある。著書に『産む、産まない、産めない』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『バブル、盆に返らず』(光文社)など。