民藝と食のまち
昨年、柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」に行ってから、『民藝とは何か』を始め、柳宗悦の本を度々手にするようになった。
初めて読んだ時、暮らしの中にこそ美しさがあり、作家の手による贅沢品ではなく民衆のための日常品こそ価値があるといった考えにはっとした。柳宗悦は沖縄の首里を「日本で最も美しい城下町」と称した。昭和14年のことで、沖縄はまだ人気の観光地などではなく、当時は貧しい島だったけれど、彼はそこに日常の美を見出したのだ。
ふと柳宗悦がオアハカを訪れたら、なんと評するだろうと思った。
オアハカは、メキシコ南部のオアハカ州の州都。メキシコシティから空路なら1時間強。先住民族の割合が40%と高い、「民藝と食のまち」である。「メキシコの食の原点」という人もいるほどだ。食いしん坊の私が今、もっとも行ってみたいところ。モダン・メキシカンも先住民族から伝わる伝統的なメキシコ料理も食べてみたいし、器や壺、調理用具にも興味がある。
オアハカには200種類ものモーレがあるという。モーレとはメキシコ料理の一種で、料理に使用するソースや、そのソースを使った料理のこと。東京辺りだとチョコレートを使ったモーレが象徴的だけれど、それしか知らないのはもったいない。ここは中南米で一番スパイスの種類が豊富な地域だそう。
メキシコではメタテと呼ばれる石の台にスパイスを広げて、マノと呼ばれる石の棒でそれをすり潰す。メキシコの主食であるとうもろこしをすり潰す時もこれを使う。かつてはメタテとマノが嫁入り道具だったという。
メタテとマノは日本の摺鉢と擂り粉木によく似ている。勝手な推測だが、伝統的なメキシコ料理と日本料理には共通点が多いような気がする。それを確かめるためにも、メキシコ、そしてオアハカに行ってみたいのだ。目にしたら、ついメタテとマノを買ってしまいそうなのが怖いけれど。
鮮やかな色彩のラグや伝統的な器にも惹かれる。うちのような古い日本家屋には、意外と合うように思う。たとえ他民族の文化であっても、同じように自分たちの過去に敬意があるものだから。
メキシコなら、ハリスコ州のテキーラ市にも行きたい。
ご存知にように蒸留酒テキーラはここの特産品。「メスカル」の中でも定められた一部の地域で作られたものだけが「テキーラ」と呼ばれる。ちなみにハリスコ州はマリアッチの発祥の地でもある。
テキーラはすっかり世界的に流行して、今やファッショナブルなお酒としてもてはやされている。ジョージ・クルーニーをはじめ、醸造所を所有するのはセレブリティたちの一種のステータスだ。実はやたらとテキーラの瓶を収集していた時期もあった。テキーラはワインや日本酒と違って瓶の形もさまざまだからおもしろく、目新しいものを見つけると欲しくなった。飾っておいたり、時には花差しにも使っている。
そんなふうにもてはやしておいて勝手なのだが、ファッショナブルに流行るのは悪いことではないけれど、洗練されていくことでつい忘れられてしまう個性があるように思う。テキーラを訪れたら原材料であるリュウゼツランの畑を見てみたい。アガベと呼ばれる多肉植物だ。リュウゼツランが一面に広がる光景を見たら、テキーラの土着的な個性を少しは理解できるのではないだろうか。
柳宗悦なら見つけ出したであろう民藝の感覚を、あの太陽が降り注ぐカラフルな国で味わってみたい。
- 作家プロフィール
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- 甘糟りり子
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横浜生まれ、鎌倉育ち。大学卒業後、アパレル会社を経て文筆業へ。独自の視点を活かした小説、エッセイやコラムに定評がある。著書に『産む、産まない、産めない』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『バブル、盆に返らず』(光文社)など。