コンテンツへ

    掲載日:2022.09.29

    【ANAオフィシャルカレンダーWelcome Aboard(ウェルカムアボード)2022 連動企画】ウィーンへ旅したい(1)

    ANAオフィシャルカレンダーWelcome Aboard(ウェルカムアボード)2022との連動企画。10月の掲載地、オーストリア・ウィーンにインスピレーションを得た、作家・甘糟りり子さんの旅情あふれるエッセイをお届けします。

    はつ春のしらべ

    1月1日の夜は毎年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ニューイヤー・コンサート」を見る。9年前に亡くなった父はクラシック音楽が好きで、毎年の我が家の恒例だった。普段はダンサブルな音楽を手当たり次第に聞いている私も、この日はオーケストラの演奏を楽しむ。演目はヨハン・シュトラウス一世や、同じく二世の親しみやすい曲ばかりである。
    NHKの中継が始まるまでにワインや日本酒とあてを用意して、父と一緒にテレビの前に座る。父は美味しそうにお酒を楽しみながら、その年の指揮者について解説してくれた。ウィーン・フィルの団員は日本人女性をパートナーにしている方が少なくなく、「来日するとよくお寿司屋さんに行くらしい。お寿司屋さんには魚偏の漢字が書いてある湯呑みがよくあるでしょう。彼らはそれをたくさん読めるんだって」という小ネタを口にするのも毎年のことだった。

    ウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」は90ヶ国以上で生中継されていて、「世界の紅白歌合戦」といわれることもあるようだ。演奏曲に合わせて、バレエダンサーがシェーンブルン宮殿などの壮麗な広間や庭園で踊っているシーンがテレビでは部分的に登場する。また、『ラデツキー行進曲』では自然と拍手が沸き起こる。バレエの衣装をジョルジオ・アルマーニが手がけた年もあった。指揮者によってはかなりエンターテインメントな演出があったり、各国の言葉で「あけましておめでとうございます」と指揮者が挨拶をしたり、退屈している暇がない。このコンサートで演奏される曲はどれも、かつての「ポップス」なのだろう。ヨハン・シュトラウス二世は当時の筒美京平みたいな存在だったのかもしれない。

    父とは音楽や、その演奏者についてよく話していたが、こんなふうに一緒に楽しめるようになったのはわりといい歳になってからで、以前は「早くお正月が明けて、ディスコに遊びに行きたいなあ」などと考えながら、父のいうこともせっかくの『美しく青きドナウ』も『ラデツキー行進曲』も聞き流していた。父いわく、バブル時代は客席に豪華な着物を着た日本人女性がたくさんいたそうだが、その記憶は私にはない。すっかり着物姿の女性が減ってしまったことを残念がっていたのは覚えている。

    ウィーン楽友協会ホール正面の彫刻。建築そのものも芸術の都ウィーンを象徴する存在だ

    会場はウィーン楽友協会ホールである。1870年に竣工された建物の中の大ホールで行われる。きらびやかな内装から「黄金のホール」と呼ばれることもある。柱も天井も角枠もとにかく至るところが金色で、おびただしい数の光を放つシャンデリアが幾つも垂れ下がり、大理石のオブジェが置かれ、豪華絢爛という形容がこれほど相応しい空間もそうはないだろう。

    これを見る度にヨーロッパの人たちと日本人の違いを痛感する。どちらがいいとか上とか下とかではなく、大きな差異を感じるのだ。もちろん現代を生きる私たちと欧州の人たちとの暮らしのスタイルがそれほど違うわけではないけれど、侘び寂びを良しとする日本文化とは決定的に違う発想が染み込んでいる。実際にここに立ってみたら、私は飲み込まれそうな気がして怖くなるんじゃないかと思う。

    父は一度生で見てみたいといっていたが、ウィーンに行かぬまま亡くなった。
    すっかり元旦の夜の「ニューイヤー・コンサート」が習慣になった私は、父が亡くなってからも中継を欠かさず見ている。毎年、位牌に日本酒を添えて楽しんでいる。この人は「鯛や鮪が読めるのかしら」なんて思いながら。
    いつか父の代わりにウィーン楽友協会「黄金のホール」を訪れたい。その時は着慣れない着物にするつもりだ。

    作家プロフィール
    甘糟りり子

    横浜生まれ、鎌倉育ち。大学卒業後、アパレル会社を経て文筆業へ。独自の視点を活かした小説、エッセイやコラムに定評がある。著書に『産む、産まない、産めない』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『バブル、盆に返らず』(光文社)など。

    • メインビジュアル:ウィーン楽友協会ホール(Gesellschaft der Musikfreunde in Wien)
    文:甘糟りり子

    ANAオフィシャルカレンダーWelcome Aboard(ウェルカムアボード)2022連動企画

    ANAからのおすすめ

    早めの予約でおトクなプランをご紹介。旅に出かけよう!

    もっと世界へ、もっと羽田から。

    「てのひらANA」すべてのシーンでお客様のモバイルデバイスがお客様をサポート!

    戻る
    進む

    この記事に関連するおすすめ

    •    
    •    

                                                             

    •    
    •    

                                                             

    •    
    •    

                                                             

    •    
    •    

                                                             

    戻る
    進む
    ×

    「いいね!」で記事へリアクションできるようになりました。