深い森に包まれた野生動物とサーモンの楽園。生涯の思い出に刻まれる川の王に出会う。
北太平洋に面したカナダ第3の都市、バンクーバー。バンクーバー島はその沖合に浮かぶ、九州ほどの広さの島だ。出色は太平洋に暮らす5種類すべてが遡上するサーモンの釣り。ゲームフィッシングを愛する二人の女性アングラー、矢野愛実さんと野田美佳子さんが、日常を離れ、生涯忘れないであろう一尾との出会いを目指した。
SCENE01 旅の始まり
西は太平洋、東は雄大なロッキー山脈に囲まれ、カナダ西海岸に広がるブリティッシュコロンビア(BC)州。
玄関口となるのは、日本から直行便で9時間のバンクーバーだ。
自然の中に溶け込んだ町は、「北米で最も住みたい町」のトップ常連であり、
ショッピング、グルメ&ワイン、文化・芸術など、大自然や街を自分流に満喫できる都市として知られる。
先住民文化の面影が残るスタンレー公園など気軽に散策できるスポットも多い。
バンクーバー島はその沖合に浮かぶ。
島は南北に細長く、中央には高い山がそびえ、そのため川は短く水が澄んでいる。
大陸を流れる他の大きなサーモン釣り河川とは、この点が大きく異なる。
サーモンフィッシングとしては驚くほどのライトタックルで、魚の姿を目視しながら、周囲の自然に溶け込んで釣りができるのだ。
一番人気はキングサーモン(別名チヌーク)。ほかにも時期を少しずつずらしながら、シルバーサーモン(別名コーホー)、ピンクサーモン(和名カラフトマス)、レッドサーモン(別名ソッカイ)、チャムサーモン(和名シロザケ)が海からやって来る。
このような釣り場は世界にも例を見ない。
サーモンが多い川は森も豊かだ。
この地の陸の王者であるブラックベアは、秋にサーモンを飽食し、残滓や糞が森に運ばれて多くの生物・微生物の栄養になる。
海に多いはずの「N15」という窒素の同位体が、サーモンの遡る川の周辺にあるスプルース(ベイトウヒ)の巨木から多く見つかることを確認し、「クマ(ブラックベア)がサケ(サーモン)を森に運ぶことが、森の生育に大きな役割を果たしている」ことを明らかにしたのは、ブリティッシュコロンビア州の科学者だった。
9月上旬、夏に終わりを告げる久しぶりの雨が島に降った。
バンクーバーへのANA直行便から国内線に乗り換え、島に到着した我々を迎えてくれたのは、「これは恵みの雨だよ!サーモンたちは間違いなく川に入って来る」と喜ぶ現地のフィッシングガイド。
サーモンを心待ちにしているのはブラックベアも同じだが、雨に濡れるのを嫌う彼らを今日見ることはなさそうだ。
その代わり、川へのアクセスとなる小道の水溜りで、希少種という小さなウエスタントード(カエル)が姿を見せた。
初日は予報以上の雨になった。水は澄んでいるはずなのだが、このような天気だと水中は見えない。
それでもサーモンが跳ねたポイントにキャストを続け、生まれて初めてのシルバーサーモンをまず手にしたのは、北海道に生まれ育ち、ルアーフィッシングが得意な矢野愛実さん。
プラチナシルバーの美しい色合いと均整のとれたプロポーションのシルバーサーモンは、ルアーへの反応がアグレッシブ。
世界のどんな釣り場に行っても、初めての場所での初めての魚は格別。
「おめでとう!」と手を差し伸べるガイド。目の前の魚が現実なのか、まだ少し実感が湧かないくらいだ。
もう一人の野田美佳子さんは、フライフィッシングで挑戦。
大阪のアウトドア専門店で店長をしていた頃から、ヤマメやイワナをねらうフライフィッシングが大好き。
でも、はるかに大きなサーモンを海外でねらうのはこの旅が初挑戦。
大粒の雨の中、川を横切らせるように流していたフライの動きが止まると、ゴゴン、と何者かが頭を振る感触が手に伝わった。
「美佳子さん、それってもしかして!」。見守る矢野さんが声援を送る。
驚くほどの重量感で何度もリールからラインを引き出したあと、ようやく姿を見せたは、うっすらと金色を帯びたキングサーモンだ。
これ以上ないウエルカムフィッシュ。でも、二人が本当に驚くのは、まだまだこれからだった。
SCENE02 心安らぐ温かなロッジ
二人が滞在したのは、バンクーバー島の南東部にあるレイクカウチンという町。
カウチン湖から流れ出る川のほとりに清潔なロッジがあり、食事はメインガイドのケンジーの奥様であるキットが毎回手作りしてくれる。
初日の釣りを終えた日のメインディッシュはシルバーサーモン。ケンジーがゲストのためにあらかじめキャッチしていたもので、シルバーサーモンは肉質がよく身に脂ものっているので現地でも人気なのだ。
ほかにも毎日の朝食、帰ってからのフリッターなどのおつまみ、さらにオーブンでじっくり焼き上げたスペアリブのディナーなど、
ロッジでの食事はキットがいつも温かい出来立てを用意してくれる。
釣りは毎朝4時には起きて、ガイドの車で5時に出発する。
あたりはまだ暗い夜明け前だ。朝が早いぶん、午後3時には川から上がり、ディナーが出来上がるまでの明るい時間はコーヒーマグやワイングラスを傾けながらのおつまみタイム。
その日、川への道中や水辺で出会った景色、動物、魚たちの写真を見返すのは実に楽しい。
町もまた森に囲まれており、出発直後のまだ住宅地の中で、ゆうゆうと草を食む大きなエルクのハーレムを見ることもあった。
「朝のエルク、うまく撮れなかったな~。でも愛実ちゃんの釣ったこの魚、すごくきれいだったよね」
「北海道に戻ったら、私も美佳子さんみたいにフライもやってみたいな。すごく面白そう」
その日の釣果を振りかえりながら、翌日の釣りへの期待にさらに胸を膨らませる。
二人がシェアする思い出は、日ごとに増えていった。
SCENE03 ガイドも驚く王の中の王
到着日からバンクーバー島を覆い続けていた雨雲は、滞在3日目にしてようやく移動を始める予報になった。
朝一番、釣りを始めた川に雨はない。
すると待望の自身初となるキングサーモンをヒットさせたのは矢野さんだ。
実は矢野さん、このファーストキングに出会うまでの時間が長かった。
魚が見えているからといって、釣りは決して簡単ではない。
サーモンは見た目以上に速い流れの底に張り付くようにいて、ルアーやフライがその目の前をきれいに横切らないと、興味を持って食いつくまでの動作に移らない。
たとえ操作自体がうまくいったとしても、サーモン自身が、今はあまりルアーに反応しない時間という場合もあるし、その時に興味を持つルアーの色やスピードも一日の中で変わる。
「このままキングサーモンに出会えなかったらどうしよう……」そんな不安を払しょくする一尾に、笑顔のあと思わずうれし涙がこみ上げた。
サーモンの王様は釣り人のフックに掛かってもなお悠然としている。
やり取りに翻弄されるのは、いつだって釣り人のほうなのだ。
10尾ヒットさせても実際に手にできるのは2尾程度。
王様は硬い口で力強くルアーやフライを噛んでいるだけで、ほとんどの場合は最後の最後にポロッと口からハリが外れてしまう。
「これほどのパワーの持ち主は、どんな姿をしているのだろう」その姿をひと目みたいと願うアングラーは、そのたびに天を仰ぐ。
この日の昼、待ち望んでいた青空がようやく視界に現われた。
すると明るい川底に複数の影が見える。キングサーモンの群れだ。
シルバーサーモン、ピンクサーモン、チャムサーモンの姿もある。
「ブラックベアもきっと森から出てくるよ」ともう一人のガイドのロブ。
すると対岸の木々の隙間から、本当に森の王様が現われた。
バンクーバー島のブラックベアは、脅かすようなことをしなければ人を襲うことはまずない。
動物たちも魚たちもどうやら今日は活発に動き始めている。
すると、矢野さんのキャストしたルアーにヒットした魚が、猛烈なパワーで下流に向かって泳ぎだした。
「ボートに乗って追いかけよう!」とケンジーが声を掛ける。
この日のために準備した、最高のスピニングリールのドラグ性能は万全だが、重い引きの相手はジリジリとラインを引きだして全く姿を見せない。
「この魚に絶対に会いたい!」
心から願う矢野さんの視線の先で、水中に白い光が翻った。
「シルバーサーモンか?」とも思われたが、サイズが明らかに大きい。
川がカーブするポイントの静かな浅場にゆっくりとボートを着ける。
陸に上がり、ロッドを起こしてプレッシャーを保ち、粘り強くリールも巻いて、気持ちを冷静に保ちながら少しずつ相手との距離を詰めていった。
大きなランディングネットを手にしたケンジーが、矢野さんの横を離れた。
白銀の巨体の正体は、今シーズンのこの川全体を見ても、「間違いなくレコードクラスだよ」という“フレッシュラン”(遡上したての魚)。
経験豊富なケンジーが控えめに見ても28ポンド、約14kgという重量感と威厳のあるオスのキングサーモンだった。
「こんな魚が本当にいるなんて……。元気なうちに早く流れに戻しますね」
矢野さんの笑顔にもう涙はない。
初日から大自然を前に謙虚にチャンスを待って、出会うべくして出会えた最高のサーモンの王様だった。
SCENE04 仲間がくれる時間
トータル4日間の釣りはあっという間。
矢野さんも野田さんも、きっと生涯忘れることのないだろう、数尾の美しく力強いサーモンたちとの出会いを果たした。
明日はもう帰国便という日、釣りを終えた二人は「町に散歩に行こう」と明るいうちに外に繰り出す。
1880年代半ばから、湖周辺の豊かな木材資源に注目が集まり、
1920年代になると少数のヨーロッパ人開拓者による定住が始まったレイクカウチン。
それ以前、このあたりは原住民が狩猟や漁のために訪れるだけだったという。
実は現在でも、湖周辺の多くの場所は未開拓の森である。
現在の町は、カウチン湖周辺エリアへの玄関口として、観光業が大きな地位を占めつつある。
今では廃線となった鉄道の駅を利用した小さな博物館では、そんな町の歴史を学ぶこともできた。
この町に初めて小屋を建て定住を始めた兄弟は、「今までに見た土地の中で最も美しい」と語ったそうだ。
そぞろ歩きのあと、二人が「あそこは絶対に行こうね(笑)」と声をそろえたのが、町に一軒だけある大きな雑貨店。
新鮮な野菜、肉、魚はもちろん、焼き立てのパンや生活雑貨が売られているのだが、はてはリーズナブルなカナダ土産まであらゆるものが揃っている。
「ここにいるだけでも時間が足りない!」と矢野さんが声を弾ませれば、「明日の朝も、もう一回来ちゃおうね(笑)」と野田さん。
夕食前、今回の釣り旅をコーディネートしてくれた青木さん、ガイドのケンジーとロブ、そしてキット、4日間一緒に釣りをした他のアングラーと乾杯。
実はまた泣いてしまいそうだった矢野さんの宝物は、それぞれのガイドのアドバイスでキングサーモンが釣れた時、ルアーボックスに大切にしまってから二人のサインを書き込んでもらったもの。
Kenzieのサインが入ったスピナーは、もちろんあの28ポンドサーモンを釣ったものだ。
釣りの旅は、魚との出会いにも、もちろん大きな価値がある。
けれども、限られた時間とチャンスを共有し、時には涙もして、一緒に過ごした仲間との絆はそれ以上に色あせない。
本当の“極上”は、もしかしたらその中にこそあるのかもしれない。
釣り情報
バンクーバー島のサケ釣り情報
バンクーバー島はその細長い地形、山の高さから、川が短く水がクリア。釣りはサーモンの群れを見つけてからプール(大きな淵)などで行なう。キングサーモンの遡上は夏の終わりから秋の間に行なわれるが盛期は9月。バンクーバー島を含むブリティッシュコロンビア州では、毎年資源保護のために多くの場所で禁漁区や制限が設けられ、魚種ごとのレギュレーションも厳格に定められている。エサ釣りが禁止の川もあり、ルアーまたはフライフィッシングで、1本のロッドに対してシングル・バーブレスフック1個のみ使用が可能。魚を持ち帰らない(キャッチ&リリース)外国人向け基本ライセンスは、1週間有効なものが52.5カナダドル(約4500円。2018年)で、オンラインで購入できるものに本人がサインしたものを常に携帯する必要がある。川周辺にはブラックベア、ムース、エルク、ビーバー、さらにクーガーなどの野生動物も生息しており、釣り場までの道には通常のレンタカーではアクセスが難しい未舗装路も多い。安全確保のためにも専門のフィッシングガイドの手配が必要となる。
問合先 | トラウトアンドキング (http://www.troutandking.com/) |
カナダ水産海洋省 (海外サイト) | http://www.pac.dfo-mpo.gc.ca/fm-gp/rec/salmon-saumon-eng.html |
今回の使用タックル
ルアー | ロッド:シマノ「カーディフ モンスターリミテッドDP83ML」 リール:シマノ「ステラ4000XG」 ライン:PE2号(パワープロ2号200m)+ナイロンリーダー16ポンド1m ルアー:7~13gをメインに5~18gのスプーンまたはスピナー(赤金、黒金、青銀、オレンジ、ピンクなど)。 標準は10g。ルアーのフックはシングル・バーブレスフック1個のみ使用できる |
フライ | ロッド:シングルハンド・フライロッド9フィート#8 リール:シンクティップライン(ティップが交換できるタイプ。タイプⅣ以上をメインに使用) リーダー:ナイロン9~12フィート0~02X+ティペット1~01X フライ:エッグサッキングリーチ(パープル、ブルーなど)やイントゥルーダー。 フライはシングルフック・バーブレスのもののみ使用できる。 |
バンクーバー島へのアクセス
バンクーバー島への玄関口となるバンクーバーへは、羽田からANAの直行便を利用。フライト時間はおよそ9時間。国内線に乗り換え、バンクーバー島のナナイモ空港に入る(約30分)。ナナイモからレイクカウチンへはタクシーで1時間ほど。
- このコンテンツは、2018年9月の情報をもとに作成しております。