【群馬県】白井屋ホテル
2020年冬に開業したアートホテル「白井屋ホテル」。前身の旅館「白井屋」が誕生したのは、江戸時代のこと。明治時代以降、群馬県・前橋は生糸産業で隆盛、ホテルが位置する国道50号沿いの道には銀行が立ち並び、近代化した町には多くの人が行き交っていたといいます。旅館には森 鴎外をはじめとした偉人も多く訪ね、歴史のある宿として300年以上営業を続けました。昭和に入ると、ビジネスホテルが台頭。時流に合わせて木造だった旅館を改装し、鉄筋コンクリート造に姿を変えましたが、向かい風は厳しく廃業への道を辿ります。ほぼ廃墟となったこの旅館に手を差し伸べたのが、アイウエアブランド「JINS」を展開する地元出身の起業家、田中仁氏(ジンズホールディングス代表取締役CEO)でした。
田中オーナーのもとに集まった、現代を代表する世界中のアーティスト、デザイナーたち。「白井屋ホテル」の骨格は、そんなアーティストたちとの交流から生まれました。改築の依頼を受けた建築家・藤本壮介は、旅館の歴史を継承しようと、鉄筋コンクリート造を残したまま、眩い光が館内に降り注ぐような大胆な吹き抜け構造へと建物を変身させます。金沢21世紀美術館の《スイミング・プール》でよく知られる現代美術家、レアンドロ・エルリッヒ氏も来訪し、建物内に血管を張り巡らせたかのような、光を放つ配管《Lighting Pipes》をこの場所のために制作。建物の壁面に飾られた現代美術家、ローレンス・ウィナー氏の作品は、前橋を象徴する空風と川から着想を得たタイポグラフィです。構想の段階ではアートホテルとするつもりはなく、ホテルをつくっていく過程で制作されていった作品群を見て「このホテルには“本物”を置いていこう」と目指すべき方向が定まっていったのだそうです。
館内を歩くだけでも美術館を訪れたかのようなアート体験が叶うのですが、客室内にはさらにアートを一晩独り占めできる仕掛けが施されています。全部で25室ある客室は、ひとつとして同じ空間がありません。一部屋ごとに異なる作家、テーマのアート作品が飾られているからです。
特に注目は、プロダクトデザイナーのジャスパー・モリソン氏やイタリア建築の巨匠ミケーレ・デ・ルッキ氏、藤本壮介氏、レアンドロ・エルリッヒ氏らそれぞれが泊まってみたい部屋を思い描き、自由にインテリアや設計を手掛けたスペシャルルーム。足を踏み入れた瞬間に、まるで彼らの思考の中にお邪魔したかのような、不思議な感覚を覚えます。こだわりを持って置かれた一つひとつのアイテムにも目を奪われるはず。ここでしか体感することができない、洗練された美しさの中で、非日常的な時間を過ごしてみてください。