温かいホストファミリーに迎えられるコンテスタント
岡本さんのように海外から来るコンクール参加者は毎年、60~70人にもおよびますが、そのほぼ全員がブリュッセルのホストファミリーの元に迎えられるそうです。街ぐるみでコンテストの参加者を支える。それがこの土地の伝統として根付いているのです。
「コンクールの緊張感の中でどうしてもナーバスになりがちなのですが、そんな中でも比較的いいコンディションで過ごせたのはやはり彼らのおかげだったと思います。僕のホストファミリーには年の近い息子さんがいて、よくショットバーなんかに連れて行ってくれて、いい気分転換になりました」
エリザベート王妃国際音楽コンクールでは12人のファイナリストに残ると、ファイナルまでの一週間を音楽院の中だけで過ごすことになります。
「外界との接触を一切禁じられ、携帯電話も預けなくてはいけないんです。その中でファイナルに向けて、自分の選んだコンツェルトと新曲の2曲を演奏するための準備をします。気が滅入ることもありましたけど、本当に音楽に集中できるので、僕はポジティブに捉えることができました」
思い出深いイクセルの街
岡本さんにとって思い出深いのはその音楽院のあるイクセル地区のとあるバーです。
「周囲に大学がたくさんあって学生街のような感じなんです。そこのバーはホストファミリーの彼とよく飲みに行った場所で、クラブミュージックがガンガン流れてて、ビリヤードとかテーブルサッカーとかをみんなでワイワイやってるんですよ。英語が話せれば外国人でもみんなだいたい話を分かってくれて、僕は普段あんまりそういう場所に行かないんですけど、この時は心から楽しめました。毎日が緊張の連続でしたから、気持ちが解放されたんでしょうね。ガイドブックには載ってないかもしれませんが、現地の人の温かさを感じられるとても印象的なところです」
人生に彩りを添える、それが美食の本当の意味
そしてもちろんガイドブックに載っているブリュッセルも美しいところだと岡本さんは言います。
ブリュッセルの中心地にあるユネスコの世界遺産「グラン・プラス」は世界で最も美しい広場の一つに数えられています。この広場では隔年の8月、50万本以上の花によって埋め尽くされた長さ70m、幅24mのフラワーカーペットが出現することでも知られています。
「僕が居たのは5月だったのですが、お天気の良い日は夕方の時間帯の街並みが特にきれいでしたね。オレンジ色の光に照らされて、石造りの建物にちょっと温かみが加わって、美しく映えている。練習の合間やリハーサルの後なんかに、夕日に照らされた街並みを見ながら自分もちょっとたそがれて、ということをよくしていました(笑)」
「僕はベルギーの人たちは無味乾燥な人生を特に嫌っている人たちだと、実際に暮らしてみて、そう思うんです。美食の国と言われていますけど、日々に何かしら刺激を与えるものとして、美味しいものを食べたりしているんだろうなと感じました」
ベルギーには2,000軒以上ものチョコレートショップがあると言われていますが、無味乾燥を嫌う人たちが生み出したものだと考えると、チョコレートがただのスイーツ以上の意味を持ったものとして感じられます。
「チョコレートショップはもう選べないほどたくさんあります。ゴディバやノイハウスのような有名店でなくても、新進気鋭のショコラティエのお店とか。伝統的なものからモダンなチョコレートまで本当にさまざまです。僕は一粒だけとか、ちょっとだけ食べるっていうのが好きです。それこそ本当に日々の彩りですよね。芸術的感覚の鋭い人たちなので、一粒のチョコレートが芸術作品といっても遜色のないような、そんなクオリティなんです」
音楽家の目を通して見ると、ビールやチョコレートでさえも、ベルギーという小さな国の多様性や芸術性を表すものの一つなのだと新たな発見をしたような気持ちになります。グラン・プラスのオープンカフェでビアグラスを片手にムール貝を食べながら、ベルギーの芳醇な世界を味わう。そんな旅がしてみたくなりました。
前編では、世界最高峰のエリザベート王妃国際音楽コンクールやベルギービールについて岡本誠司さんが語っています。ぜひご覧ください。
岡本誠司がナビゲートするブリュッセル【空たびミュージック】前編
- 岡本 誠司(オカモト・セイジ)
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2019年エリザベート王妃国際音楽コンクールにてファイナリストに入賞。21年にはARDミュンヘン国際音楽コンクールヴァイオリン部門第1位入賞している。現在はクロンベルク・アカデミーに在籍し日本およびヨーロッパで精力的にソロや室内楽の演奏活動を行っている。JNO(ジャパン・ナショナル・オーケストラ)のコアメンバーであり、コンサートマスターを務めている。