日本一離島の多い九州。本土から離れた島だからこそ育まれた自然、食の恵み、景色に出会いにでかけてみませんか。過ごしやすい気候の春は、島々の豊かな自然を満喫するベストシーズン。島ごとに個性あふれる、春の九州・5つの島旅をご紹介します。
対馬(長崎県):「天然記念物の花」咲き誇る国境の街をぶらり散策
島から韓国が見えるほど両国の国境近くに位置している対馬。双方の地の自然が入り混じる地理環境は、ツシマヤマネコをはじめとした島特有の動植物を育んできました。
「対馬の春といえば、国の天然記念物にもなっている鰐浦園地(わにうらえんち)のヒトツバタゴです」と話すのは、対馬の魅力を存分に体験できるツアーを企画するビーコンつしま代表社員、佐藤雄二さん。
4〜5月になると鰐浦湾を囲む山肌に自生する3,000本ものヒトツバタゴは白くて大きな花をいっせいに咲かせます。その様子はまるで新緑の山に雪が降ったかのよう。さらに、湾の水面にはその景色が映り込み、海を白く、明るく照らすほどです。だからこの地ではヒトツバタゴはその名も「ウミテラシ」とも呼ばれています。ヒトツバタゴは大陸系の木で、日本で自生しているエリアはごくわずか。対馬の鰐浦園地が、その限られたヒトツバタゴの希少な群生地。山肌に、水面に咲き誇るヒトツバタゴの真白き世界は、まさに対馬という地が生み出した春の絶景です。
対馬最北端に位置する鰐浦地区へは対馬の中心地から車で2時間ほど。対馬でも特に朝鮮半島に近い場所で、海の先にある韓国・釜山を眺めることができる韓国展望所があるエリアです。展望所へは車でも歩いても行けますが、その通り道がヒトツバタゴの群生地。花咲き誇る季節にこの道を歩くと、ほのかに甘い香りがすると佐藤さんは言います。
また、開花シーズンには湾に沿った山一周がライトアップされ、漆黒の空に海にヒトツバタゴが浮かび上がる幻想的な世界を体験することもできます。夜の韓国展望所からは天気がよければまばゆい釜山の夜景を見られるので、夕方から夜の時間帯に訪れ、島の幻想的な春を感じるナイトプランも魅力的です。
ヒトツバタゴの絶景を訪れるなら、お食事や温泉などは国内外のフェリーが発着する比田勝港付近で楽しめます。なかでも対馬の穴子はぜひ味わっておきたい逸品。「すし処 慎一」をはじめとした島内のお店にはわざわざ海を越えて韓国から来るお客さんも多いのだそう。西水道と呼ばれる対馬の西沖でとれる穴子にはこの海域だからこそ育つ濃厚な旨みがあります。穴子煮やせいろ蒸しはもちろん、穴子をお刺身で食べられるのは産地の鮮度だからこそ。この地でしか見られないヒトツバタゴのまばゆい景色同様に味わっておきたい対馬の名物です。
- 対馬までのアクセス
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福岡空港または長崎空港から飛行機で約30分。博多港からフェリーで約4時間30分。高速船で約2時間15分。
すし処 慎一
- 住所:長崎県対馬市上対馬町古里13-3
- ウェブサイト:すし処 慎一
ビーコンつしま
- 住所:長崎県対馬市厳原町今屋敷735
- ウェブサイト:ビーコンつしま
屋久島(鹿児島県):苔むす屋久杉の森を歩いてヤマザクラでお花見を
屋久島の代名詞・縄文杉。樹齢数千年ともいわれる木の王様のようなその存在がひときわ有名ですが、島の面積の90%以上を占める屋久島の森林は多様な植物が作り出す豊かな森。春はそんな植物たちの芽吹きや開花を見つけながらのトレッキングにぴったりの季節です。
「地元の方やツアーのリピーターさんも春はヤマザクラを見に太鼓岩に行きます」とエコツアーガイド会社「山岳太郎」代表の渡邊太郎さん。
白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)はもののけの森ともよばれる原生林。標高600〜1,000m付近のトレッキングが楽しめます。少し湿り気のある苔むす森の中へ。歩を進めるたびに少しずつ違う表情を見せる森。木々の清涼な青い香りを胸いっぱいに吸い込んで、太鼓岩を目指します。道すがらには、淡く薄ピンクの花をつけるサクラツツジ。ジャスミンのような華やかな香りに気づいてふと見上げれば、きっと頭上のエゴノキがベルのような可れんな花をたくさん咲かせているでしょう。もちろん、島のシンボルツリーの屋久杉にも出会えます。
山道の頂点にあるのが太鼓岩。ここまで頑張って歩いたごほうびは眼下に広がるヤマザクラ咲き誇るその景色です。ヤマザクラの花は薄ピンク。花が散ると、赤い新芽が伸び、それが芽吹いて鮮やかな薄緑になり、どんどんと色を濃くしていきます。薄ピンク、赤、黄緑、深緑と山肌を染める様子を目にしたら、屋久島の自然に心を奪われてしまいます。
ヤマザクラ以外にも、屋久島固有の落葉高木ヤクシマオナガカエデの蛍光緑の新芽、マテバシイやタブノキの新緑と、芽吹きが作るグリーンのまばゆいグラデーションが太鼓岩付近で待っています。
もうひとつのヤマザクラスポットが小杉谷です。小杉谷は1970年まで集落があった場所。縄文杉をはじめとする巨木の屋久杉をたっぷり堪能できる縄文杉コースの途中、かつて杉の伐採作業に使われていたトロッコ道を進んだところにあります。以前は地元の方もよく花見にでかけていたという隠れたヤマザクラの名所です。何千年も生きる巨木の立つ山道で出会うヤマザクラ。儚げに一瞬の花を咲かせ、山肌を白く淡く染めます。屋久杉とは違ったその表情で、森の豊かな植生を教えてくれます。
屋久島の自然をトレッキングでたっぷり満喫したら、体の疲れを癒す温泉もダイナミックに自然の中で。「平内海中温泉」は海岸沿いの海中から湧き出た温泉。海につながっているので1日2回の干潮時に浴槽が現れたときにだけ入浴できます。浴槽が自然の岩場に少し手を加えただけというワイルドさも驚きです。
ダイナミックな自然に体を丸っと委ねて、深呼吸。大自然からパワーをもらう春の島旅が楽しめる屋久島です。
- 屋久島までのアクセス
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鹿児島空港から飛行機で約40分。鹿児島本港からフェリーで約4時間。高速船で約1時間50分~3時間。
平内海中温泉
- 住所:鹿児島県熊毛郡屋久島町平内7-2
- ウェブサイト:平内海中温泉
山岳太郎
- 住所:鹿児島県熊毛郡屋久島町安房410-8
- ウェブサイト:山岳太郎
壱岐島(長崎県):ウニ・和牛・いちご、島の恵みを堪能する贅沢旅
九州の玄界灘に浮かぶ壱岐島。玄界灘といえば、日本有数の漁場として知られた海です。「壱岐島は海の幸はもちろん、島内で自給自足ができてしまうほどあらゆる食材に恵まれた島です」と話すのは「壱岐リトリート海里村上」の小森さん。長年飲食業界のPRに携わり、九州の食に精通する小森さんをもうならせるほど、壱岐島はおいしいものであふれた島なのです。
壱岐のおいしいもの代表がウニ。春から夏に旬を迎えるのがムラサキウニです。ものすごく濃厚な味わいが特長のこのウニを海水にさらしてパクリ。驚くような磯の旨みがストレートに口中に広がります。「海里村上では名物料理"海里焼き"というメニューがあります。獲れたてのあわびの身にウニをのせ、七輪で焼いて食べるスペシャリテ。海の香りが湧き立つ一品なんです」と小森さん。なんと「壱岐リトリート海里村上」の目の前に広がる海もウニが獲れる漁場。海に潜る海女さんの姿を見かけることもあるというのですから、とびきりのおいしさにも納得です。
豊かな土地が育んだ恵みもまた見逃せません。全国的にその名を知られた壱岐牛は、海風によるミネラル豊富な土壌の牧草を食べて育ったブランド牛。出荷数が限られているのでぜひ島で味わっておきたいところ。また、この壱岐牛が生み出す堆肥を使った質の良いアスパラガスも壱岐ブランドとして今全国から注目を浴びています。壱岐の清らかな地下水に育まれ、春アスパラガスはまさにみずみずしいシーズンを迎えます。さらに真っ赤な"島いちご"も春の食卓に彩りを添えます。香り高く大粒で甘い島いちごもまた島の食の宝物のひとつです。
おいしい食事には、おいしいお酒が欲しくなるもの。そこも壱岐におまかせ。壱岐は麦焼酎発祥の地。島内には7軒の焼酎蔵があります。米こうじ1に対して大麦を2の重量比にするという壱岐焼酎のルールを守りながら、それぞれのブランドが工程や樽、蔵などの創意工夫で個性を出し、島内の焼酎で飲み比べもできるほどの種類豊富な麦焼酎を作り出しています。また、クラフトマンシップに満ちた島内では、クラフトジンの生産も。ボタニカルジンには壱岐アスパラガスや島いちごも使われるなど、とことん島の恵みを味わうことができるんです。焼酎蔵巡りをしたり、オリジナルクラフトジン作りを体験したり、おいしさを作る島に触れるアクティビティもおすすめです。
春の島の恵みをとことん味わいつくし、部屋の露天風呂につかりながら水平線に沈む夕陽を眺める。そんな贅沢な春の時間を壱岐では過ごせます。
- 壱岐島までのアクセス
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博多港から高速船・ジェットフォイルで約1時間。
壱岐リトリート海里村上
- 住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触119-2
- ウェブサイト:壱岐リトリート海里村上
奄美大島(鹿児島県):希少な生き物たちに出会えるナイトツアーに出かけよう
一年中青々とした緑茂る自然が魅力の奄美大島。自然遺産にも登録された奄美はルリカケスやアマミノクロウサギをはじめとした固有種の宝庫です。奄美の森の春は、シイノキやブナの新芽の黄緑色が山の緑をより一層鮮やかに彩る季節。奄美を代表する自然スポットの「金作原(きんさくばる)原生林」では、カクチョウランやアマミエビネなどの珍しいランが開花シーズンを迎え、アマミイシカワガエルなどの希少生物も活発に動き出します。
もう一つの奄美の森。それが海と川の水が入り混じる汽水域に育つ亜熱帯・熱帯の植物、マングローブの原生林です。海の満ち引きの影響を受けるので、干潮時にはカニや魚などの水辺の生き物をじっくり観察でき、満潮時にはカヤックでマングローブのトンネルをくぐって奥まで進むことができるのが特徴です。
「運が良ければ、木々の間を飛ぶルリカケスの姿をとらえられるかもしれません。春はカワセミの繁殖期なのでよく見かけます。水面下には沖縄では絶滅してしまったリュウキュウアユも生息していますよ」と、マングローブで出会える貴重な生物を教えてくれる、スローガイド奄美の富岡紀三さん。
「昼ももちろん面白いのですが、特におすすめなのがマングローブのナイトカヤックなんです」と冨岡さん。「満潮の夜、漆黒のマングローブの森をライトで照らし、カヤックで進んでいく。静寂ななかにも、耳をすませば虫の鳴き声。マングローブのトンネルを抜け、木々の葉の代わりに現れるのは頭上を埋め尽くす一面の星空。神聖さすら感じる体験です」
カヤックでナイトツアーをするなら、さらに体験してほしい「春の夜活」がまだまだあります。まず、「奄美自然観察の森」に足をのばすと出会えるかもしれないシイノトモシビタケ。その名のとおりシイノキに生え、夜になると灯火のように黄緑色に発光する珍しいキノコです。4~5月の短い期間にしか姿を現さず、森の妖精ともいわれています。さらに「三太郎峠」周辺では、天然記念物のアマミノクロウサギなどの野生動物に出会える夜間観察も可能です。
夜の大自然に繰り出せば、そこにあるのは希少動植物の住むスペシャルな世界。奄美の自然をたっぷりと味わえる密度の高い春の旅が体験できます。
- 奄美大島までのアクセス
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鹿児島空港から飛行機で約1時間。鹿児島新港からフェリーで約11時間。その他に東京、大阪、福岡から直行便がある。
スローガイド奄美
- 住所:鹿児島県奄美市住用町摺勝555-13 わだつみ館
- ウェブサイト:スローガイド奄美
奄美自然観察の森
- 住所:鹿児島県大島郡龍郷町龍郷字フクヒリ1233-3
福江島(長崎県):海辺の歴史的教会を訪れるのんびり春風サイクリング
大小150もの島々からなる長崎・五島列島。そのなかの一つが福江島です。島々を結ぶ船に別れや旅立ちを惜しむテープや声が飛び交う季節、福江島は冬の冷たい海風がおさまり観光のベストシーズンを迎えます。
五島列島最大の面積を誇る福江島内の移動は、徒歩よりも車や自転車などがおすすめ。とりわけ、海風を感じながらのサイクリングはこの季節のとっておきの移動手段です。フェリーで福江港ターミナルに着いたら、施設内にある観光協会で自転車をレンタル。ターミナル内にロッカーもあるので、すぐに島サイクリングに繰り出せます。目指すのは海辺に建つ堂崎教会。五島列島を含むキリシタン文化遺産は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産に登録されています。五島列島の島々にある教会はなんと50以上。堂崎教会自体は世界遺産ではありませんが、キリシタン資料館として一般公開されており、教会巡りをするならまずは最初に訪れておきたいところです。
ターミナルを出発して、早春なら沿道の椿や河津桜を楽しみながら島の北に向かって自転車を40分ほど走らせると、海と道が入り組むような景色を見せる奥浦湾に到着します。入江に守られるように、海岸線に静かに建つ赤レンガの小さな教会が堂崎教会です。明治時代に禁教令が解かれた後、五島列島で初めて建てられた教会でもあります。ステンドグラス越しの光に包まれる聖堂内は資料室も兼ね、今もミサが行わる信仰の場所。のどかな島の春の空気になじみつつも異彩を放つ教会を通して、清廉なキリシタンの歴史を感じることができるでしょう。
堂崎教会のすぐ近くにある「巡礼カフェOratio」は五島銘菓の「堂崎マドレーヌ」を製造・販売。テイクアウトして、海辺でのんびりとお茶休憩をするのも楽しいひとときです。福江港のある中心部から堂崎教会へは片道約8kmのサイクリングコース。その途中にはノアの方舟をイメージした白亜の「浦頭教会」が里山に立つ姿も見られます。
「体力や行程にさらに余裕があれば、島を高台から一望できる鬼岳方面へのサイクリングもぜひ」とおすすめしてくださったのは、五島市観光協会の木下雄生さん。鬼岳の展望台からは島の中心部や海を眼下に見ることができ、オンシーズンには頂上付近の桜が満開になるのもまたおすすめの理由なんだそう。
どこかのどかさを感じさせる島の風景。サイクリングで島を駆け巡れば、穏やかな島の春風を体中に浴びることができるでしょう。
- 福江島までのアクセス
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長崎空港または福岡空港から飛行機で約40分。長崎港からジェットフォイルで約1時間30分。フェリーで約3時間25分。
巡礼カフェOratio
- 住所:長崎県五島市奥浦町1995
- 記載の内容は2024年12月現在の情報です。変更となる場合があるのでご注意ください。