ANA Professionals

  • ANA inspiration of JAPAN

学び、自ら手を動かし、後進に伝える教官というプロフェッショナル 常に操縦桿を握る!教える側も現場主義 複雑な知識が求められる飛行機の操縦は、独学で務まるものではない。指導する教官が必要だ。そして教官を育成する、優れた人材も必要だ。それは卓越した技量と、優れた知識を持ち合わせた操縦士でなければならない。“プロのなかのプロ”になるまでに、一体どれほどの経験が必要なのだろうか。  文=吉州 正行  写真=小島 マサヒロ  #20ANA フライトオペレーションセンター エアバスA320機長 岩田 健司

突然のエンジントラブルでも冷静に最善の対応をするために 海に面した快晴の空港で、エアバスA320はその巨体を滑走路へと進める。エンジンの出力を上げ離陸すると、機体はみるみるうちに青空の中へ。…フライトは順調かに見えたが、突然のエンジントラブル! だが操縦士は冷静な判断を下し、推力を半分失いながらも揚力を保持。Uターンして滑走路に舞い戻るのだ。ーーというのは、実はフライトシミュレーターの中での話。設定されたトラブルの渦中において、教官を務める岩田健司は、2名の操縦士にレクチャーを行う。「あらゆるシチュエーションを想定し、訓練を行います。とはいえ実は、彼らはすでに立派な機長なんです。これから新たに教官になるための、研修プログラムに参加しているんですよ」言ってみれば今日の岩田は、“教官を育成する教官”という立場。ゆえに訓練を受けている各人の技量はかなりのもの。的確な対処は当然だが、それに輪を掛けて驚かされるのが、フライトシミュレーターの精度の高さだ。「人間の三半規管の錯覚を利用しているんです」と岩田が語るように、コクピットガラスのさらに外側に投影されたCGの景色は“目線”の動きに合わせて違和感なく存在し、機体の姿勢やエンジン出力に応じてコックピットが傾き、重力を感じるのだ。「違和感を感じては訓練になりませんからね。それくらいの精度が保てないと国土交通省から認可が下りないんです」
技術と情報は、常に最新。さらに共有が徹底される 指導はフライトシミュレーター内だけにとどまらない。座学も大切な要素だ。「操縦士になった時点で、機体の全てを熟知していなければなりません。そこから機長を経て教官になるにあたっては、さらに踏み込んだ知識が必要になります。訓練生が陥りやすいミスや、“教え方”も大事な要素ですね」また、座学やブリーフィングには、タブレット端末を使用するという。「タブレット端末はANAの操縦士全員が持っていて、このなかには最新のマニュアルが入っています。新しい情報などがアップデートされると、画面上に通知が出る仕組みになっています。マニュアルが電子化されて2〜3年経ちますが、とても便利ですよ」エアバスA320はANAが採用して24年経つ機材だが、毎年マニュアルは更新されるそうだ。世界中の航空会社が運用を重ねるごとにケーススタディが生まれ、メーカーのもとに集約される。それが各航空会社にフィードバックされ、操縦士が持つマニュアルに自動的に反映されるという。
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技術と知識を伝える一方、学び続けることも大切な仕事 「私がANAに入社したのは今から24年前です。当時からANAにはチャレンジ精神があって、それに惹かれて入社を目指したんです」岩田は、訓練教官という立場ではあるが、勤務時間の多くをエアバスA320の操縦業務に費やしている。「実は、最初に乗務したのもエアバスA320なんです。副操縦士として5年くらい乗務しました。そのあとはボーイング747-400。10年くらい前に、機長になるにあたって再びエアバスA320を任されました」飛行機の操縦には、複雑で膨大な知識が求められる。それだけに、担当する機体ごとにライセンスが必要なのだ。足かけ15年をエアバスA320とともに過ごしている岩田は、言ってみればエアバスA320のスペシャリストなのである。「訓練生時代は、今思うと戻りたくないほど大変でした。とにかく覚えるべきことが多くて…」それは「ゼロから操縦を覚える」という大変さのこと。たとえ教官であれ操縦に携わる限りは、訓練と勉強を絶やすわけにはいかない。24年間、ずっとそうやってきたのだ。「それが日常ですからね。学び続けることが当たり前になってしまっている感覚は、あるかもしれません」
安全を支えるプロに課せられた“当たり前”の重み しかし“教えること”は、必ずしも“学ぶこと”の延長線上にあるものではない。「最初は難しかったですよ。とにかく一生懸命になってしまって、自分の思ったことばかりを伝えてしまいました。それでは“正しい知識”は伝わりにくいです。また訓練ですから、ときには相手にとって耳の痛いことを言わねばなりません。その“言い方”についても、反省点が多かったですね」それらを踏まえ、「教育関連の本を買って、教え方をとにかく学んだ」という。そんなエピソードを快活に順序よく話す岩田の口ぶりは、やはり“向いている”と思わされる。「戸惑いもありましたが、成長していく姿を見るのはやっぱり嬉しいんですよね。エアバスA320に乗っていると、たまに副操縦士の教え子に会うこともありますから」機長と副操縦士という立場であっても、現場では良い意味でフラットな関係で仕事ができるという。かつて入社を志す契機となった、挑戦する意思を感じる自由闊達な風潮は、今もANAに脈々と続いているのだ。「実習の場でも、訓練生から突っ込みを受けることがあります。それに私自身も、教官同士での会議で言いたいことを言わせてもらえています。そういった意味で、いい環境でやらせてもらっていると思っていますよ」